全国高校駅伝

男女入賞あと一歩 /群馬

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1区を走る東農大二・石田=京都市のたけびしスタジアム京都で、2020年12月20日午後0時31分、川地隆史撮影 拡大
1区を走る東農大二・石田=京都市のたけびしスタジアム京都で、2020年12月20日午後0時31分、川地隆史撮影

 男子第71回、女子第32回全国高校駅伝競走大会(毎日新聞社、日本陸連、全国高体連など主催)は20日、京都市のたけびしスタジアム京都(西京極陸上競技場)発着の男子42・195キロ、女子21・0975キロのコースで開催された。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、スタジアムへの観客の入場は禁止され、周辺や沿道での応援も自粛が呼び掛けられた。県勢は男子の東農大二が2時間4分32秒で11位、女子の常磐は1時間9分27秒で9位となった。【川地隆史】

 ◆男子 東農大二11位

流れを作れぬまま

 悔しい結果となった。最後まで流れを作れず入賞を逃し、城戸口直樹監督は「いざ本番で、本来の力を出す難しさを感じた」と無念さをにじませた。

 5000メートルの日本高校記録を持ち、1区区間賞の有力候補に挙げられた石田洸介(3年)は序盤に攻め、先頭に飛び出す。「優勝という目標達成のために必要だった」(石田)。だが、「思った以上に足を使いすぎて」中盤以降に失速。先頭と37秒差の14位でたすきをつないだ。

 以降も4区・北村勇貴(3年)が区間9位、アンカーの7区・内山喜宝(同)が区間5位と健闘したが、流れはつかめないまま。城戸口監督も「いかに前半が重要か」と悔やんだ。

 昨年は3秒差で入賞を逃す9位。今年は優勝を目標に据え、全員が流れを変えられる選手を目指した。分須尊紀主将(3年)は「悔しさが大きい」としつつも、「取り組んできたことに間違いはない。優勝を目指し密度の濃い練習を重ねた。悔いはない」と胸を張った。

 悔しさを糧に冬を越え、次こそ都大路で頂点に立てるか。次代を担う後輩に分須主将は「この1年間をつぼみと捉えて、来年こそ開花させてほしい」と話した。

 ◆女子 常磐9位

女子の9位でフィニッシュする常磐の横倉紹=たけびしスタジアム京都で2020年12月20日、山田尚弘撮影 拡大
女子の9位でフィニッシュする常磐の横倉紹=たけびしスタジアム京都で2020年12月20日、山田尚弘撮影

監督の花道飾れず

 目標だった入賞に一歩届かず、9位でフィニッシュ。「日本一を目指して入学した。入賞に届かず悔しい」。主将の星野輝麗(3年)は涙ながらに話した。

 エースが集まる1区(6キロ)を3年連続で務める星野は、序盤から飛び出した北九州市立の後ろにつき、2位集団の先頭をキープ。しかし、集団がばらけ始めた残り1キロの上り坂で徐々に遅れ始め、最終盤に粘りを見せたものの6位でたすきリレー。「スタートで遅れ、ついていけなかった」と悔やんだ。

 「前半で勝負をかける」(高木雅一監督)と2区(4097・5メートル)に起用された並木美乃(2年)は、4位グループに食らいついて先頭との差を10秒縮め、5位で3区へ。「よくやってくれた」と高木監督も称賛した。

 しかし、その後は上位集団に食い下がれず、4区終了時で7位に。アンカーの5区、横倉紹(1年)も順位を落とし、12秒差で惜しくも入賞を逃した。

 高木監督は今年度限りの退任が決まっている。34年の監督生活を振り返り、「やりきれない思いもあるが、残る選手は力がある」と話した。並木は「入賞できず悔しい。チームの中心となり、強い走りで引っ張っていきたい」と雪辱を誓った。


最後まで粘り切る 常磐・星野輝麗(るる)主将(3年)

常磐・星野輝麗主将=京都市の西京極総合運動公園で2020年12月20日、川地隆史撮影 拡大
常磐・星野輝麗主将=京都市の西京極総合運動公園で2020年12月20日、川地隆史撮影

 「応援してくれる人がいる。最後出し切りたい」。チームは入賞を逃し、自身も「もう少し速ければ」と悔やんだが、最後は粘りを見せた。

 3年間担い続けた都大路の1区。区間順位は一昨年8位、昨年3位。区間賞を狙った昨年は終盤に先頭から離されたため、今年は「いかに最後まで粘れるかが鍵になる」と意気込んでいた。

 コロナ禍で3月から全体練習は中止に。約3カ月半、自主練習を重ねた。再開後の7月、タイムトライアルで3000メートルを9分16秒で走り、自己記録を更新。高木監督も「自分で目標を設定し、やり抜く子は強い」と高く評価する。

 昨年までは先頭集団についていくスタイルだったが、今年は「先頭を引っ張る」ことを意識した。10月の県大会では区間賞を逸したが、後続が全員区間賞を獲得して優勝。「みんなに助けてもらった。最後は主将としてよい流れを持ち込みたい」と臨んだ3度目の都大路だった。

 中盤まで2位集団を引っ張ったが、残り1キロの上り坂で離される。それでも「気持ちを切らさず」腕を懸命に振り、6位で2区につないだ。「粘って走り切れた」

 後輩の2区・並木からは「一番近くにいる全国レベルの先輩」として慕われた。レース後、その並木に「私より力は上。1区の区間賞を目指してほしい」とエールを送った。【川地隆史】

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