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余録

毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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11月のある日…

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 11月のある日、丸善出版の飯岡千恵子さんは電車で神奈川県横須賀市に向かっていた。かばんには、刷り上がったばかりの「理科年表」が入っている。確実に依頼主に届けなければ。何しろ帯には「南極観測隊も必携!」と印刷しているのだ▲依頼したのは、その観測隊員の一人。今年は派遣計画がコロナ禍で大幅変更となり、隊員44人は横須賀で検疫のための隔離に入っていた。飯岡さんが理科年表を届けた翌朝、隊員は例年より1週間早く南極・昭和基地へと出発した▲理科年表は自然科学を網羅する、世界的にも珍しいデータブックだ。創刊は1925年。紙不足だった終戦前後を除き、毎年発刊されてきた。最新の2021年版は94冊目となる▲南極観測隊の出発に合わせて出版時期を毎年11月にしたとも言われる。現地で活用されるだけではない。気温や降水量といった気象の章には、日本各地の都市名と並んで「昭和(南極)」の欄もある▲データの時代、理科年表のページ数は増える一方だ。05年には温室効果ガス濃度や大気汚染物質、外来生物を扱う「環境」の章が新設された。そこにも南極観測が貢献している。氷床には気候変動の歴史が刻まれ、上空のオゾン量は人類の安全にかかわる。南極は「地球環境の窓」なのだ▲手元の理科年表のページを繰ってみる。来年の月食、空気の屈折率、世界の主なくぼ地、首都間の距離、過去の大地震、モグラの寿命。うそも誇張もないデータの海を漂いつつ、自然の奥深さに思いをはせる。

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