1941年、大阪での「二代目中村扇雀襲名披露」の初舞台以来で約80年の付き合いになる。親しく話すようになったのは49年の第1回武智歌舞伎の「熊谷陣屋」の藤の方と「野崎村」のお染で驚異の“再デビュー”をしてから。さらに当時低迷していた上方の芸能界を何とかしようと、狂言の先代茂山千之丞、文楽の竹本文字太夫(七代住太夫)や吉田簑助、舞踊の吉村雄輝、山村楽正、喜劇の藤山寛美、大村崑、落語の桂米朝、漫才のいとし・こいしら40歳未満の24人で結成した「上方風流(かみがたぶり)」に参加してくれてから肝胆相照ら…
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