全国高校駅伝

花の1区、全集中 東原豪輝選手(大阪3年)/安なつ美選手(大阪薫英女学院3年) /大阪

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
大阪高校の東原豪輝選手(3年)=京都市内で、隈元悠太撮影 拡大
大阪高校の東原豪輝選手(3年)=京都市内で、隈元悠太撮影

 20日に京都市内で開かれた男子第71回・女子第32回全国高校駅伝競走大会(毎日新聞社など主催)で、女子・大阪薫英女学院(摂津市)は7位入賞、男子・大阪(大阪市)は29位だった。「都大路」を駆けた選手にはどのような物語があったのか。男女それぞれの選手を紹介する。

夢舞台、自らを鼓舞 東原豪輝選手(大阪3年)

 全国のエース級が競う1区を任された東原豪輝選手(3年)。当初は集団に埋没していたが、4キロ地点前後からペースをあげ、終盤には前に躍り出て12位でたすきをつないだ。結果は自身の1区記録を30秒以上更新し、29分31秒。前日まで走り込み練習などを制限して疲労感を調整し、ピークを試合当日に持ってきたことが好記録に結びついた。

 幼少期から走ることが大好きで、小学5年から本格的に長距離と短距離走を始めた。息が上がって苦しくなることもあるが、それは皆同じ。「誰にも負けないし、自分にも負けたくない」と自らを鼓舞する。

 夢の舞台だった「都大路」では、つらさはあまり感じなかった。「憧れの場だったからか、楽しんで走ることができた」と振り返る。

 進学先でも陸上は続ける。大会終了後には「後輩たちにはもう一度、この都大路で走ってほしい」と爽やかな笑顔を見せた。【隈元悠太】

支えられ得た「宝物」 安なつ美選手(大阪薫英女学院3年)

大阪薫英女学院の安なつ美選手(3年)=京都市内で、荻野公一撮影 拡大
大阪薫英女学院の安なつ美選手(3年)=京都市内で、荻野公一撮影

 もう、1年前の安なつ美選手(3年)ではない。昨年に続きエースが集う1区(6キロ)を担当。12月上旬に右足アキレス腱(けん)を痛めながら区間13位と、勝負できる位置で2区へたすきをつないだ。

 右足をけがしてから走る練習量をぐっと減らし、水泳やバイクを使って心肺機能を維持した。「何とか状態を良くしてレースに合わせる」

 昨年は区間24位と振るわなかった。「頭が真っ白になっていた」という。今年は違う。「1年間1区を走る覚悟でやってきた」。強い意志と練習で得た自信から、落ち着きがあった。

 「あと10秒ぐらい差を詰めていたらもう少し流れが変わった」と振り返る。しかし、けがをしてからの別メニューにもサポートのチームメートや治療院の職員、毎日午後10時半にマッサージする母ら家族の存在があった。「けががなかったらタイムはもっと良かったかもしれないが、多くの人に支えられていると改めて気づけた」と語る。

 記録では計れない「宝物」を得て、卒業後は実業団のエディオンで競技を続ける。マラソンを走り、世界に通用する選手になることが目標だ。「走りでメッセージを伝えられる選手になりたい」【荻野公一】

あわせて読みたい

注目の特集