安倍前首相「桜」問題 年内処理を急ぐ検察の思惑とは 事件記者・村山治氏の見立て

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自身の後援会が主催した「桜を見る会」の前夜祭を巡り、東京地検特捜部が任意での事情聴取を求めたことに関し、衆院本会議後に記者団の質問に答える安倍晋三前首相=国会内で2020年12月4日午後3時11分、竹内幹撮影
自身の後援会が主催した「桜を見る会」の前夜祭を巡り、東京地検特捜部が任意での事情聴取を求めたことに関し、衆院本会議後に記者団の質問に答える安倍晋三前首相=国会内で2020年12月4日午後3時11分、竹内幹撮影

 「桜を見る会」の前夜祭を巡る東京地検特捜部の捜査が大詰めを迎えた。特捜部は、安倍晋三前首相本人から既に任意で事情聴取し、秘書らを含めて近く処分する模様だ。安倍政権と検察といえば、「賭けマージャン」で辞職した黒川弘務・元東京高検検事長の定年を強引に引き上げようとし、人事を巡って深く対立していた因縁もある。検察取材40年以上の事件記者であり、「安倍・菅政権VS.検察庁 暗闘のクロニクル」(文芸春秋)を出版した村山治さんに前夜祭の捜査を巡る検察側の思惑を聞いた。【古川宗/統合デジタル取材センター】

検察の信頼回復を懸けた捜査

 ――なぜ検察はこのタイミングで安倍前首相の聴取に踏み切ったのでしょうか。

 ◆「桜を見る会」前夜祭の会計処理を巡る問題は、現職総理の政治資金規正法違反の有無を問う、国民的関心の高い話でした。今年初めから弁護士らが安倍さんと公設秘書らを告発する動きがあり、その後、検察がその告発を受理したかどうかは未確認ですが、検察にとってはいずれ捜査して起訴、不起訴の結論を国民に示さなければならない事件でした。

 そもそも特捜部が扱う政治とカネが絡む事件の多くは、起訴、不起訴の境界線にあることが多い。そういう事件は、どのような判断を下しても誰かから文句が出ます。特捜部が起訴すれば告発者は喜ぶでしょうし、逆に、被告発者あるいはその周辺は反発するものです。不起訴にすれば、逆のことが起きるでしょう。政治にそんたくしたのではないかという声も出かねない。

 現下の検察は、元東京高検検事長の黒川弘務さんの賭けマージャンでの辞職や廃案となった検察庁法改正案の問題で、国民の信頼が地に落ちています。その中で7月に検事総長に起用された林真琴さんとしては、国民の信頼回復のために検察の原点に返るしかない、と考えるのが自然です。検察の原点とは、「厳正公平不偏不党」の精神で犯罪の疑いのある案件について適切な捜査をし、適正な処罰を求めるかどうかを判断するということです。

 林さんにとっては、稲田伸夫前検事総長時代からの「宿題」です。いずれ手を付けねばならない話なので、年を越したくない、年内にさっさと片づけてしまおうと考えたのではないでしょうか。

 年内に処分の結論を出すなら、捜査を12月20日前後には完了しなければならない。不記載容疑を認めているとされる秘書さんは「安倍さんにはウソの報告をした」という趣旨の供述をしていると報道されています。その供述の裏を取るためにも安倍さんの聴取は必要でした。検察として必要な捜査を尽くす。それは前首相といえども、例外ではありません。

 検察としてはある意味、開き直って、目の前にある事件の処理に立ち向かっているということでしょう。政権与党、あるいは野党にそんたくして着手の時期などを決めたということはないと思います。

憲法75条の壁

 ――安倍前首相が現職だった時期に着手できなかったのでしょうか。

 ◆首相が現職時代に、検察が手を付けないのは、普通のことです。首相には「不訴追の特典」があるのです。憲法75条に「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣(首相)の同意がなければ、訴追されない」と定められています。さまざまな迫害から閣僚を保護する趣旨の規定で、総理もこの場合「国務大臣」に含まれると解されています。ゆえに首相は自分で自分の訴追に同意しない限り、訴追されることはありません。この条文には「捜査をするな」とは書いていないのですが、やはりその趣旨の尊重が求められています。そのため、検察として現職首相への捜査はしにくく、これまでもしてきませんでした。

 例えば、鳩山由紀夫さんが首相時代、母親から巨額の資金提供を受けながら、関連政治団体の収支報告書に記載していなかった事件が発覚しました。これは秘書だけが訴追されましたが、検察は首相本人に聴取せずに、上申書だけを受け取る形で決着し、不起訴にしています。当時、検察幹部に「なぜ首相を聴取しないのか」と取材すると、前述の憲法75条の規定を理由の一つに挙げていました。

 今回の前夜祭の捜査は、安倍さんが辞職したことで憲法上の障壁がなくなったため、捜査をしやすくなったという面はあるとは思います。

 ――秘書を略式起訴する一方、安倍前首相本人は不起訴になるという報道もあります。

 ◆不記載の金額から判断すれば、後援会の実質的な会計責任者である秘書が略式起訴され、罰金刑となるのが妥当なところではないでしょうか。安倍さんについては、実質的会計責任者の秘書が「安倍さんの指示で、虚偽の記載(不記載)をしました」と供述しない限り、安倍さん自身の立件は困難だろうと思います。

 政治資金規正法上、政治団体の収支報告書にかかわる主体は、あくまで政治団体の会計責任者であり、政治団体のオーナーである政治家は、「違反」とは無縁の安全地帯にいるのです。

 2014年に関連政治団体の収支報告書の虚偽記載が発覚し経済産業相を辞任した小渕優子さんに対する事件処理と比較すると、政治家のカネについての検察の起訴基準がよくわかります。小渕さんのケースは、支援者向けの「観劇会」の収入を過少に記入するなどしたもので、関連団体の実質責任者の元秘書と資金管理団体の元会計責任者が在宅起訴され、小渕さん本人は任意の事情聴取を受けましたが、「関与が薄い」として容疑不十分で不起訴となりました。小渕さんは聴取に対し、元秘書らとの共謀を全面否定したと思われます。

 検察が認定した虚偽記入額は09~13年の5年分で3億2000万円余に上りました。発覚後、元秘書らが帳簿データの入ったパソコンのハードディスクを破壊するなど証拠隠滅行為も行われていました。

 一方、安倍さんのケースは、実質的な会計責任者と安倍さんの共謀関係を立証できなかった点は小渕さんと同様ですが、報…

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