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村上春樹をめぐるメモらんだむ

莫言作品との「共時性」とは? 年越しラジオ特番で何を“口走る”のか=完全版

藤井省三著「魯迅と世界文学」

 「村上RADIO」が止まらない!――当コラムで何度も取り上げてきた村上春樹さんのラジオ番組(TOKYO FMなど全国38局で放送)は、20日に第19回の「マイ・フェイバリットソングズ&リスナーメッセージに答えます」が放送されたが、すぐさま第20回が「年越しスペシャル」として31日午後11時から1月1日午前1時まで、しかも初の生放送でオンエアされることが決まった。これにはゲストとして、作家と親しい山極寿一・前京都大学長と山中伸弥・京都大iPS細胞研究所長が登場するという。

 それだけではない。2019年夏に行われた公開録音「村上JAM」が好評だったのを受けて、21年2月14日のバレンタインデーに「村上JAMオンライン版」を開催することになった。これは「ボサノヴァ・ナイト」として、ボサノバの代表的なブラジル人作曲家、アントニオ・カルロス・ジョビン(1927~94年)へのトリビュートを中心に行われることも、第19回の放送の中で本人から告知された。

 10月の放送でもカルロス・ジョビンの曲と言葉が取り上げられたが、何といってもサックス奏者のスタン・ゲッツ(27~91年)と歌手・ギタリストのジョアン・ジルベルト(31~2019年)による名盤「ゲッツ/ジルベルト」に収められた、「イパネマの娘」をはじめとする名曲で知られる人だ。これらボサノバの今や古典的なナンバーでは、ゲッツのテナーもさることながら、カルロス・ジョビン自身の洗練されたピアノの響きに魅了されたファンは多いだけに、ジャズピアニストの大西順子さんや山下洋輔さんらの演奏とともに、村上さんによるどんなこだわりの特集が編まれるのか楽しみだ。

    ◇   ◇

 さて、今回は、中国文学者で東大名誉教授の藤井省三さんの著書「魯迅と世界文学」(東方書店)について書く。えっ?と変に思う人もいるかもしれないが、ご心配なく。藤井さんは魯迅をはじめとする現代中国文学研究の第一人者だが、同時に村上作品を熱心に読んできた人でもあって、特に中国語圏での村上文学の受容史に関してこの人の右に出る者はいない。今回の本もトルストイから松本清張まで、魯迅に影響を与えた、また魯迅から影響を受けた作家との関わりを世界文学の視野で分析した論文集なのだが、全10章のうち4章で村上作品を論じている。

 まず驚くのは、2012年にノーベル文学賞を受賞した中国人作家、莫言さん(1955年生まれ)と村上さんとの意外な接点だ。藤井さんによれば、2人はともにロシアの文豪、トルストイの代表作「アンナ・カレーニナ」を意識した短編を、ほぼ同時期に書いているという。藤井さんは莫言作品を数多く翻訳し、作家本人にインタビューもしている。

 莫言作品は91年に発表された「花束を抱く女」だ。主人公の人民解放軍海軍中尉は故郷で偶然、謎めいた女性に出会う。このチャイナローズの花束を抱いた女性が履く薄茶色の革靴は、「さながらトルストイの筆が描く貴族の女たちが履いている靴のようだった」と描写される。これは「アンナ・カレーニナ」で、舞踏会に「ばら色の靴」を履いて赴く公爵令嬢をモデルにしていると藤井さんは推定する。後の長編で莫言さんは直接「アンナ・カレーニナ」に言及してもいるという。

 一方、89年に書かれた村上作品「眠り」(短編集「TVピープル」所収)の主人公の女性は不眠に陥り、「眠くなるまで本でも読んでみよう」と思う。そこで手に取るのが「アンナ・カレーニナ」だった。女性が高校時代に読んだ記憶をたどる形で冒頭の一節が引用されてもいる。後の短編「かえるくん、東京を救う」(99年、短編集「神の子どもたちはみな踊る」所収)にも「アンナ・カレーニナ」が出てくる。

 これが両作家によるトルストイへの敬意という話にとどまらないのは、89年6月4日の天安門事件という中国現代史の一大転換点に関わってくるからだ。「花束を抱く女」の女性は「微笑(ほほえ)みながら」主人公を追いかけ、実家まで入ってくる。「目覚まし時計の娘」と呼ばれる主人公の婚約者がやって来て、これに怒り、「結納の品と思(おぼ)しき時計一〇個」を回収して帰る。その内訳が6個のクオーツと4個の目覚まし時計となっている点に、藤井さんは注目する。まさに事件の日「6・4」を指している。

 莫言さんの場合、事件後約2年間の「事実上の発表禁止」を経て「文壇復活」を遂げたのがこの作品である。そして村上さんの「眠り」も、「小説を書こうという気持ちがまったく湧いてこなかった」(「村上春樹全作品 1979~1989」第8巻の「自作を語る」)という約1年の空白期間の後に書かれた再起動の作品だった。

 藤井さんは、「眠り」の執筆から雑誌発表までの約半年の間に天安門事件が起きていたこと、事件に関する当時の村上さんの文章などを時系列的に詳細に後付けている。さら…

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大井浩一

1987年入社。東京学芸部編集委員。1996年から東京と大阪の学芸部で主に文芸・論壇を担当。村上春樹さんの取材は97年から続けている。著書に「批評の熱度 体験的吉本隆明論」(勁草書房)、共編書に「2100年へのパラダイム・シフト」(作品社)などがある。

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