山極寿一さんが問う人間、社会、幸福 新京都学派を語り尽くした特別授業

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梅棹忠夫について語る京都大の山極寿一前学長=京都市左京区の府立洛北高で2020年12月10日、小田中大撮影
梅棹忠夫について語る京都大の山極寿一前学長=京都市左京区の府立洛北高で2020年12月10日、小田中大撮影

 「ウメサオタダオの時代から未来を見る」をテーマに、ゴリラ研究の世界的権威でもある山極寿一・京都大前学長が、京都府立洛北高(京都市左京区)で12月10日に開いた特別授業。洛北高の前身・旧制京一中OBで民族学者、梅棹忠夫(1920~2010年)を中心とした「新京都学派」の潮流を、自らも系譜に位置する山極氏が語り尽くした。2時間近くに及んだ授業の様子を再現する。【構成・小田中大】

 今から50年前、私が京都大に入った1970年は特別な年で、万国博覧会が大阪で3~9月にあり、11月には三島由紀夫が割腹自殺する事件がありました。当時は高校紛争といって日本中の高校生が自分の未来や社会に大きな疑義を抱き、デモや集会を開いて語り合った時代でした。私は唯々諾々と京大に入学したが、選択するまでにはいろんなことを考えました。

 だからこそ今回、君たちに宿題を出しました。それは「人間」「社会」そして「幸福」という三つのテーマを今、どう考えるかです。万博のテーマは「人類の進歩と調和」、一方で三島の割腹自殺は「日本の終焉(しゅうえん)」。二つの全く違うドラマが同じ年に演じられたのは、非常に象徴的な出来事だったと思います。

 私はその後、霊長類学に進みますが、草分け的な存在は旧京一中を卒業した今西錦司先生、その弟子が梅棹忠夫さん、もう一人が私の先生だった伊谷純一郎さんなんですね。

 今西さんは実に偉大な人で、人類学者であり、霊長類学者であり、進化論者であり、さまざまな顔を持つ学者でした。事業家でもあり、事業家たる素質を梅棹さん、研究魂を伊谷さんが受け継いだと言われています。今西さんは「人間というものを一歩出て外から眺めてみないか」と言い、伊谷さんは霊長類学という猿の研究に進み、梅棹さんは文化を相対的に眺める視点を持ち始めました。

梅棹忠夫さんの魅力

 梅棹さんのことは、私は大学に入って初めて知り、本を読みまくりました。やっぱりすごい。例えば「文明の生態史観」(57年)。西洋・東洋に加え、インドなど4巨大文明を「中洋」と位置付けた。それは欧米より30年進んでいました。

 梅棹さんの魅力をいくつか示したいと思います。

 まずは縮尺の自由さ。世界を3分類する膨大な取り方をする一方、学位論文は「オタマジャクシの数理解析」と、ミクロも同時にやってのける。

 比喩を使って表す「アナロジー」の巧みさ。彼は河合雅雄さん(京大名誉教授、霊長類学者)と、そばを食べていた時に「文化ってなんや?」と聞いて、河合さんの箸を指して「それやねん、文化というのは」と言った。フォークもナイフもあるけれど、箸を使っている。言い得て妙だと思いませんか?

 彼は自分を「野外型知識人」と自称していました。考える「種」を「歩く、見る、聞く」という形で捕まえる。自分の体全体で体験するのが、考えることに重要なんだということですね。

 梅棹さんは「日本未来学会」を設立しながら、未来学を完成できませんでした。未来に対し、絶望したんだろうと思います。でも、未来に対する、さまざまな言葉は残しています。ここから先は、君たちが考えてほしいと思います。

今西錦司さんの「生物社会学」

 20世紀はすごく不思議な時代でした。19世紀にダーウィンが進化論を出し、著書「種の起源」「人間の由来」で「人間も進化の産物である」と言いました。だけど、人間を動物と同格に論じて良いのかという風潮も欧米で広がり、人文・社会科学と自然科学が二極化することになりました。

 そこに割って入ったのは、今西さんの「生物社会学」です。「言葉」は人間社会が作ったけれど、「人間性」は言葉以前にできたもので、動物と社会には連続性がある、全ての生物は社会を持つ、と捉える考え方です。その中で「人間とは何か」「社会とは何か」「文化とは何か」という設問があります。

 今西さんは1948年12月3日、宮崎・都井岬で弟子の伊谷さんらと猿の研究を始め、この日は「日本霊長類学誕生の日」と言われています。伊谷さんは猿が立派な社会を持ち、人間顔負けの構造を持つことを発表しました。私は、今西さんから伊谷さんに流れる研究の世界に身を投じ、40年間過ごしてきました。

 伊谷さんに「体でかいから、ゴリラやってもええんちゃう」と言われ、…

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