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加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

音楽物書きの加藤浩子さんが、オペラと絵画という二つの芸術を1本の線で結び、風刺や時代背景を映し出す作品の魅力に迫ります。

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加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

中世の伝説の聖者と20世紀フランスの天才を結びつけた「鳥」

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ジョット・ディ・ボンドーネ「小鳥に説教をする聖フランチェスコ」
ジョット・ディ・ボンドーネ「小鳥に説教をする聖フランチェスコ」

 「アッシジの聖フランチェスコ」という聖人に、ついて回る一枚の絵がある。

 「小鳥に説教をする聖フランチェスコ」。絵画に人物の感情や立体感を取り入れてルネッサンスへの道を開いたジョット・ディ・ボンドーネ(1267頃~1337年)が、聖フランチェスコの廟(びょう)があるアッシジの聖フランチェスコ大聖堂に描いた壁画「聖フランチェスコ伝」のハイライトだ。眺めるうちに、聖フランチェスコの口から漏れる言葉が聞こえ、集まってくる鳥たちの動きが見えるような気がしてくる、静謐(せいひつ)ながら真に迫ってくる作品である。

 豪商の家に生まれながら財産を捨て、イエス・キリストの生涯に倣うべく野に出て信仰に生きた聖フランチェスコ(1182~1226年)は、イタリアの守護聖人としてあがめられている。自然と一体化して生きたフランチェスコは、今でいうエコロジーな聖人でもあった。彼は生きとし生けるものを愛したが、とりわけ小鳥に愛着を抱いていたことはよく知られている。「小鳥に説教する聖フランチェスコ」は、彼が野原で地面にいた鳥たちに説教を始めると、木に止まっていた鳥たちも次々に舞い降りてきて聞き入ったという有名なエピソードに基づくものだ。

 このエピソードにとりわけひかれたのが、20世紀フランスの作曲家オリヴィエ・メシアン(1908~92年)である。メシアンは敬虔(けいけん)なカトリック教徒であると同時に、「鳥類学者」を名乗るほど熱烈な鳥の愛好家でもあった。自分の音楽を構成する要素のひとつは「鳥の声」だといい、旅に出るたびに鳥の声を集め、さまざまな作品に反映させた。

 そんなメシアンだからこそ書けたオペラが、彼の唯一のオペラである「アッシジの聖フランチェスコ」(1983年初演)だ。フランチェスコの生涯における有名なエピソードを扱い、その時々の彼の心の変化を描く、かなり内面的な作品である。聖フランチェスコに強く共感していたメシアンは、大編成のオーケストラを駆使しておのおののエピソードを深く掘り下げ、音楽でなければ表現できないスピリチュアルな世界に到達している。第2幕第6景に登場する「小鳥に説教する聖フランチェスコ」は、全曲の白眉(はくび)だ。メシアンはこの曲に世界中の鳥たちを登場させるため、ニューカレドニアまで出かけて鳥の声を採譜した。

 小鳥に説教する聖者。それは、自然と共生した聖フランチェスコの象徴だ。そのユニークなエピソードは、時空を超えて傑作の原動力になったのである。

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」「バッハ」(平凡社新書)。最新刊は「オペラで楽しむヨーロッパ史」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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