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地球覆った危機が導く「世界共和国」 大澤真幸さんが語る未来

インタビューに答える社会学者の大澤真幸さん=東京都千代田区で2020年12月21日、内藤絵美撮影
インタビューに答える社会学者の大澤真幸さん=東京都千代田区で2020年12月21日、内藤絵美撮影

 新型コロナウイルスの感染拡大が今後の社会や国家、そして世界のあり方に与える影響について、社会学者の大澤真幸さんに聞いた。【聞き手・木下訓明】

 ――今回の新型コロナ感染拡大をどう受け止めていますか。

 ◆これまでいろいろな戦争や紛争、災害があったが、すべてローカルだった。第一次世界大戦は欧州中心で、第二次世界大戦はそれよりも広いが、戦争に関係のない地域もあった。しかし、新型コロナはあっという間に地球全体、人類全体に広がった。これは初めてのことだと思う。

 注目したのはイタリアの哲学者、ジョルジョ・アガンベン。彼はイタリア政府がコロナを口実にロックダウン(都市封鎖)など自由の制限を行ったことを「とんでもないことだ」と批判した。一見、反動的で保守的な反応だったので、古い人が古い倫理観で文句を言っているように見えたが、実は彼の主張の背景には、コロナ禍で生存することしか考えないとすれば「人間とは一体何なのか」という問いがあった。

 また「ニューノーマリティー(新しい日常)」といわれる。会社に行く回数を減らすとか、手洗いをきちんとするとか、一見、生活様式の一部を変えるだけに思える。だが、本当は直接会って、顔を見て、握手をして、話をするなど、人間が人間であるための条件の基本的な部分を極力避けることが、当たり前の日常となる世界に入る。

 ――コロナ禍は今後どう推移していくと思いますか。

 ◆現状はまだ渦中にあり、3段階のステップを進むという予感がある。昨年の春先から夏までが第1のフェーズで、一番の関心は「健康」。「ウイルスに感染しないようにして、死なないようにしなければならない」ということだ。

 今は第2フェーズで、主なテーマは「経済」。おそらく最終的には、このまま普通の経済的繁栄を続けることは「不可能だ」ということを悟る。今はまだ、精神分析の術語でいう「否認」の状況だ。「否認」とは、単に否定しているのではなく、「本当は分かっているけれども、本気になって受け止めていない」状況のことをいう。例えば普段からやっている否認は「自分は必ず死ぬ」ということ。これはみんな知っている。「知らなかった!」とはならない。でも普段は「自分は死ぬかもしれない」とは思わずに生きている。今は、現実があまりにも怖くて見られなくなり、「経済は普通に戻るんでしょ?」というモードになっている。

 そして、おそらく今年、日本だけでなく、地球レベルで第3のフェーズに入る。経済とコロナ対策が究極的にトレードオフ(相反関係)になっていることに気付く。そのときに初めて、これは社会の仕組みの問題であり、生き方の問題であり、「人間とは何なのか」ということを含めた、政治と精神が一緒になった問題だということに気付く。これが僕の想像だ。

 ――コロナが国家やナショナリズムに及ぼした影響をどう考えますか。

 ◆コロナは初め、中国の問題、あるいは武漢市のある湖北省の問題だと思っていたのに、瞬く間に、欧州や米国、日本を含めた地球全体の問題になった。結局、一つの国だけでは解決できない問題になった。自分の国で感染者が減っても、周りの国や地域で感染者がいれば解決にならない。地球全体で協力しなければならないと分かったわけだ。

 では、皆が理解できたからそうなるかというと、それとは逆のことが起こることがよくある。その極端な例が「○○ファースト」だ。「ファースト」だけでは解決できないと頭の中では理解しているのに、実際の行動はそれと背反する。こういうことを人類は何度も繰り返してきた。2020年の夏ごろ、歴史学者のニーアル・ファーガソンが、今後の最も悲観的なシナリオは「第三次世界大戦だ」と述べていた。元々あった米中対立が深刻化するということだ。

 逆に僕はあえて楽観的で、僕らが死んで何世代か経過した暁には「世界共和国」に向かうと考えている。そうなる確率が高いだろうという観測ではなく、21世紀を超えて人類が繁栄できているとすれば、それしか道がないからだ。100年後に振り返ったとき、今回のコロナ禍が世界共和国への最初の一歩、少なくともそのきっかけだった、と思えるようにしなければならないと思う。

 第三次大戦と世界共和国、どちらも極端な予想だが、どちらの方がありそうかと言えば、第三次大戦の方が少しありそうな感じだ。悲観的な方が明白に表に出てくる。これは本当に皮肉なことだ。

 しかし、残念ながら、人類はこういうことを繰り返している。例えば100年前の第一次大戦が終わったとき、悲惨な経験をした欧州の人々は戦争自体を悪だと考えなければならない時代が来たと思った。そして国際連盟がつくられて「いよいよ世界が一つになる」と思った。ところが、実際には程なくして第二次大戦が始まった。第二次大戦の後も同じだ。いよいよ米ソ協力の時代だと思ったが、1950年代には「冷戦」が深刻になり始めて、第三次大戦の懸念が出てきた。

 グローバルな連帯とか協力が必要だとつくづく感じ、皆そのために一生懸命やっているのに、実際には正反対のことが起きる。今回もそういうことがありうるので、非常に心配している。

 ――今年は第3フェーズ「政治と精神の問題」に入ると予想していましたが。

 ◆今の世界は、日本や米国、中国などの「国民国家」の集合体だ。Nation(国民、民族)が一つずつ国家を持ってそこに主権がある。国際連合も「United Nations」で、「United States」ではない。だから国連やその専門組織であるWHO(世界保健機関)など国際的な協力機構はあるけれども、そこでの決定に従うかどうかは国ごとに判断する。強制はできない。極論すれば最後は脱退だってあり得る。それが人類が2000年を経て模索した一番の解決法なわけだ。

 ところが今回のパンデミック(世界的大流行)はそれでは解決できない。自国の利益のみを追求すれば、かえってその国の利益すら損なう可能性がある。「米国第一主義」で米国だけでワクチンを独占しても「米国だけ助かった」とはならず、米国も一緒に奈落の底に沈む。それでも国益レベルで行動する。それは、僕らの精神形成や教育が国家のレベルで進めるシステムになっているからだ。こういうシステムだと人間の道徳的な完成と、最も原始的で野蛮な行為が逆説的に一致することが起きる。倫理的に最も立派な人が、場合によってはある意味で最も野蛮な利己性に従って動くことになり得る。

 どういうことかというと、17世紀の思想家、トマス・ホッブズは著書「リバイアサン」で、個々人が自分の利益のためだけに生きると、他の人の利益とぶつかって、最悪は殺し合いになり、無秩序になるから、全ての人が無限の権利を一旦放棄し、国家(リバイアサン)に委ねて秩序を作り出すという道徳的に完成した考え方を示した。しかし、これは一国レベルで考えている。リバイアサンがたくさんいるとどうなるか。例えばある国で倫理的に完成した指導者が国のために命を賭そうと思う。別の国でも指導者が同じことを考える。「○○ファースト」で考えるわけだ。そうすると国同士で、血で血を洗う争いになる。

 だから国民国家の連合が我々の政治の基本的枠組みだとすると、英雄的な道徳心を持っている人こそ最も野蛮だということになる。政治的な枠組みごと変えないと、人類は危機を越えられなくなっていく。一朝一夕にはいかないが、主権が国家にあるのではなく、地球レベルの共同体にあるという形式にやがて移行することを視野に置きながら、人間の精神形成や教育をしないといけない。そういう歩みが始まらないと今回の問題は解決できないと思う。

 ――米大統領選でバイデン氏が勝利しました。「世界共和国」への道にどう影響しますか。

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