毎日新聞
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目が不自由な好角家のための相撲情報誌「声の心技体」が節目の300号を突破した。1985年の創刊以来、横綱・千代の富士の全盛期や「若貴時代」を伝えてきた全国唯一の「聞く相撲誌」。青森市の元県庁マン、五十洲(いそす)廣明(ひろあき)さん(72)がボランティアで吹き込んできた。35年にわたって五十洲さんを駆り立ててきたものは――。
「300号はまだまだ“中日(なかび)”。次は400号です」。五十洲さんは節目を越えてますます意気盛んだった。青森は多くの横綱を輩出している相撲どころだけに、五十洲さんも青森県弘前市で過ごした小学生時代、弘前出身の「土俵の鬼」、初代若乃花に魅了され子供の頃から大の相撲ファンだった。
青森県庁に勤務し企画部(当時)などで働く傍ら、相撲好きの同僚らと同好誌「心技体」を作り始めたのが83年9月。ひときわ相撲に造詣が深いメンバー、外崎勝さん(故人)の「角界時評」や角界情報、力士ゆかりの史跡を訪ねる長寿連載などで好評を得た。
「声の心技体」を作るきっかけになったのは幼なじみで同好の士の秋田修さん(71)=弘前市=だった。秋田さんも初代若乃花に憧れ、学校の休み時間には一緒に相撲を取った仲。秋田さんは五十洲さんに言った。「目が不自由な人にも相撲好きは多いが、情報は場所中のテレビやラジオしかない。五十洲よ、『心技体』を読んでくれないか」。秋田さんは27歳の時、交通事故で失明していた。
「自分なりの社会貢献ができれば」。そう決意した五十洲さんは85年12月、最初の「声の心技体」をカセットテープに録音。青森県立点字図書館(現在の県視覚障害者情報センター)を通じて全国の視覚障害者に届け始めた。当初は大相撲本場所に合わせた隔月の発行だったが、人気の高まりを受けて15年ほど前から毎月出すようになった。時間も60分から90分になった。
最初の頃は読み間違える度にテープを巻き戻してやり直すなど苦労を重ねた。周囲が寝静まった深夜に収録を始めるが、途中で近所のオートバイの音や犬の鳴き声が入って60分録音するのに5~6時間かかることもあり、終わった時には夜が明けようとしていたことも度々だった。苦労のかいあって現在は青森県内に17人、県外にも13図書館の固定リスナーがいる。
県庁を定年退職し、現在は青森県生コンクリート工業組合の理事長。「心技体」の方は2019年3月で発行を終えたが「声の心技体」は一般の相撲誌から選んだ力士情報などを吹き込んで毎月続けている。20年11月に出した300号は最新の番付など旬の情報に加え、79年九州場所で優勝した横綱・三重ノ海の思い出やかつての「相撲王国」青森出身の関取がゼロになりかねない現状などを伝えた。
近年は阿武咲(おうのしょう)や天空海(あくあ)などの難読力士が増え、滑舌も衰えてきた。しかし、気力は充実している。「400号を迎える頃は80代だが、彼(秋田さん)との約束を守ることで友情が育まれている」。リスナーから手紙やメールで寄せられる「行司や床山、呼び出しの記事はとても勉強になる」「ありがたい。これからも続けて」といった声にも背中を押される。
「たまに二日酔いで録音したのかなと思う月もある」。毎月欠かさず聴いているヘビーリスナー、秋田さんはそう言って笑うが、五十洲さんの友情に感謝している。「『声の心技体』を聴くのは生きる糧だった。300号達成は金字塔。いつか一緒に大相撲を見に行きたいな」【吉川雄策】
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