新型コロナウイルスの世界的な流行によって、経済や社会のデジタル化が一気に加速した。対面での行動が制約される中、オンライン授業やテレワークは日常となった。専門家は「10年かかる変革が数カ月で進んだ」と指摘する。
大変革は「第4次産業革命」とも呼ばれる。人工知能(AI)はインターネット上を行き交う大量のデータを分析・学習して高度化している。AIロボットが人を代替する分野も広がり、暮らしから仕事、政治のありようまで変容させている。
デジタル化の流れは2000年代後半のスマートフォン普及を機に本格化した。画面にタッチすれば多くのサービスを利用できる便利さや、高速・大容量の第5世代通信規格5Gを活用した自動運転・遠隔医療の実現などの恩恵がクローズアップされてきた。
だが、日々進化するデジタル技術は、使い方次第で人々の生活や安全を脅かす負の側面も持つ。
顕在化する負の側面
工場や店舗の無人化は雇用に打撃を与える。ダボス会議で知られる「世界経済フォーラム」は、デジタル化の影響で25年までに世界で約8500万人が失業すると予測している。
ネット検索や通販、SNS(ネット交流サービス)では、便利さと裏腹に問題が噴出している。グーグルなど米巨大IT企業4社、GAFAは無料サービスの代わりに大量の個人情報を吸い上げ、データを寡占している。その結果、プライバシー保護や商取引の公平性がないがしろにされている。
米国ではSNSを通じた世論誘導や外国からの選挙介入が頻発し、議会で問題になっている。トランプ米大統領のようにツイッターにフェイクニュースを流して政治をゆがめる指導者も登場した。
監視社会やサイバー戦争を助長しかねないリスクもある。
中国政府はコロナ禍に乗じて顔認証などのデジタル技術を使った国民監視システムを強化した。巨大経済圏構想「一帯一路」に参加するアフリカなどの途上国にこのシステムを輸出し、影響力を拡大している。
米国と中国、ロシアは機密情報にかかわるスパイ活動や、電力や交通、金融など重要インフラを標的とするサイバー攻撃を巡って攻防を繰り広げている。
米中は、AIが敵を識別して自律的に攻撃する無人兵器の開発も進めており、「戦争開始のハードルが下がる」と危惧されている。
技術の進展が社会を豊かにするどころか、不安を高めているのが実態だ。背景には、デジタル化に関する国際的なルールが整備されていない事情がある。
この間隙(かんげき)を縫って、トランプ米政権は5Gネットワークから中国を締め出そうとしたり、中国製人気アプリを使用禁止にしたりしている。中国政府は海外サイトへのネット接続を遮断する「グレートファイアウオール」を構築し、政治批判を封殺している。
国際的ルールづくりを
米中対立がサイバー空間にも持ち込まれ、世界につながるネットの自由が損なわれようとしている。グーグル元会長のシュミット氏は「ネットの世界が政治や宗教などを理由に国や地域ごとにバラバラに分断されかねない」と警鐘を鳴らしている。
一方、GAFAや中国のアリババなど巨大IT企業は蓄積した膨大な個人データをもとに利用者の行動を予測し、誘導できるほどの力を持っている。デジタル市場を支配するだけでなく、世論形成にも影響を及ぼしている。
世界27億人超の利用者を抱えるフェイスブックのデジタル通貨発行構想に各国が反対したのは、国家の通貨主権への脅威と見たためだ。米中両政府も巨大IT企業の存在感の高まりを警戒し規制強化にかじを切っている。
超大国や巨大IT企業が自らの利益を優先し覇権争いばかりしていては、健全なデジタル社会は望めない。日本は経済のデジタル化での出遅れ挽回に躍起だが、目指すべき社会像を示せていない。
ITを駆使したコロナ対策で名高い台湾のデジタル担当相、唐鳳(オードリー・タン)氏は「デジタルはあくまで手段。社会を良くするのが目的だ」と強調する。
望ましいデジタル社会の実現には、共通した理念やルールが必要だ。日米中を含む主要国は巨大IT企業をリードして、そのための議論を始めるべきだ。