- ツイート
- みんなのツイートを見る
- シェア
- ブックマーク
- 保存
- メール
- リンク
- 印刷

次の1万円札の「顔」として注目が高まる渋沢栄一(1840~1931年)。「日本資本主義の父」と呼ばれる深谷市出身の実業家です。江戸、明治、大正、昭和まで激動の4時代を突き進んだ生涯を、生まれ故郷を中心とした取材からたどります。【中山信】
渋沢栄一は江戸末期の1840(天保11)年、武蔵国榛沢(はんざわ)郡血洗島(ちあらいじま)村(現在の深谷市血洗島)の農家に生まれた。明治改元(1868年)に先立つこと28年、中国大陸では清国と英国との間でアヘン戦争が起こった年だ。
血洗島村の南側には江戸の五街道の一つ・中山道(なかせんどう)が通り、江戸から9番目の宿場である深谷宿がにぎわっていた。村の北側には利根川が流れ、江戸時代から明治末まで中瀬河岸場(なかぜかしば)が設置されて物資の積み替えや乗客の乗り継ぎで繁栄していた。
この記事は有料記事です。
残り1625文字(全文1986文字)