毎日新聞
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新型コロナウイルスの感染拡大で逆風が吹く地方に、新しい模索が芽吹き始めている。
栃木県南東部にある人口約2万2000人の益子(ましこ)町。益子焼で知られる陶芸の町が昨年、ウェブ形式の「陶器市」を春と秋に開催し、注目を浴びた。
同町の地域おこし協力隊員、水野大人(ひろと)さん(39)と町職員が発案した。「協力隊」は若者らが地方に移り住み、町おこしに協力することを国が支援する制度だ。水野さんは東京都内でデジタル関係の仕事に携わっていたが地方暮らしに関心を持ち、隊員になった。
ウェブを町づくりに生かそうと考えていた矢先に、コロナ禍で毎春恒例の陶器市が中止となった。水野さんは、個別業者のサイトをつなぐだけの窓口サイトではなく、歩き回るように焼き物を品定めできる「市場」をネット上に再現できないかと考えた。
役場、商工会、作家、販売店の協力を得て実現した「ウェブ陶器市」には春季の約20日間だけで約6000件の注文があり、アクセスは55万件にのぼった。「普段足を運ばない関西圏などの陶芸ファンが益子焼に関心を持つ機会となった」と水野さんは振り返る。
政府は地方の人口減少対策として「地方創生」に取り組んでいる。観光需要発掘による訪日外国人(インバウンド)増加に重点を置いてきたが、東京集中に歯止めはかからなかった。
そこにコロナが追い打ちをかけ、インバウンド重視は地方経済の傷口を広げた。出産を巡る環境の悪化から、今年は出生数の大幅な減少も懸念されている。加速する人口減少と高齢化を前に、多くの自治体の展望は開けていない。
一方で、変化も起きている。東京都に転入する人口はコロナ禍を境に急減し、昨年7月から5カ月連続で転出が転入を上回った。昨年1年間の傾向が前年と様変わりすることは確実な情勢だ。
地方移住を仲介するNPOや自治体の相談窓口は、おおむね活況を呈している。こうした傾向が定着するかはなお見極めが必要だが、感染対策やリモート勤務などを通じて、「東京暮らし」に距離を置こうとする意識変化が広がりつつある表れだろう。
だからこそ、移住する人たちの受け皿となるよう、地域を持続させる理念や戦略が必要になる。
地方自治に詳しい東洋大学の沼尾波子教授は欧州の経済学者、シュンペーターが掲げた「新結合」がキーワードになると説く。
シュンペーターが提唱した「イノベーション」は技術革新と訳されることが多い。だが、さまざまなものを結びつけ、新たな価値を生み出すことが眼目だった。「地域にあるものの価値を知り、それを内外にあるものと結びつける力が求められている」(沼尾教授)。益子焼とネットを結合した陶器市もその例と言えよう。
「新結合」は、さまざまな分野で可能だ。たとえば演劇。鳥取市では劇団「鳥の劇場」が地域密着の活動を展開している。
東京で演劇活動に携わっていた中島諒人(なかしままこと)さん(54)ら6人のメンバーが2006年、鳥取に移住し、同市西部の鹿野(しかの)町を拠点に活動を始めた。山あいの田園地帯で廃校になった小学校の建物などを改修し、劇場を整備した。
専属団員による劇団を地方で運営する冒険だったが、今では団員約20人を擁し、地域に定着した。小学生を対象に演劇にふれるワークショップを続けたり、空き家を活用した店舗などで住民も参加する演劇祭を開催したりしている。
中島さんは劇団が地域の文化活動の「窓」となることを目指してきた。地元の人たちが観客、ボランティアなどさまざまな形で関わることで、大都市にないタイプの劇団ができた。「『いなか』発のさまざまな化学変化をこれからも起こしたい」と意気込む。
「ないものはない」。島根県の隠岐島にある海士(あま)町が掲げているキャッチフレーズだ。同町は、水産資源を生かした雇用創出などの取り組みで知られる。逆にいえば「ないもの」を嘆かず、地域に「あるもの」を起点として考えていく発想といえる。
コロナが収束しても、地に足がつかないような施策では地域の持続はおぼつかない。東京集中の流れが変わり始めた今、自分たちが住むまちの新結合の可能性を考えてみてはどうだろう。
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