頼朝も家康も来た 必勝祈願の「聖地」宇都宮 ブラタモリ案内役が紹介

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
江田郁夫・県立博物館副館長。左横は宇都宮城の復元模型=宇都宮市の県立博物館で2020年12月4日、李舜撮影
江田郁夫・県立博物館副館長。左横は宇都宮城の復元模型=宇都宮市の県立博物館で2020年12月4日、李舜撮影

 「宇都宮は聖地」「塩原温泉での湯治はステータス」――。現代の「都道府県魅力度ランキング」では最下位となった栃木県だが、中世の武家からは絶大な人気を集めていたという。中世を研究する県立博物館の江田郁夫副館長(60)に、歴史をひもといてもらった。【聞き手・李舜】

 ◆中世で栃木は武家から大変人気だったそうですね。

 ――はい。特に宇都宮は武家からは「聖地」のような扱いをされていたようです。宇都宮大明神(現在の宇都宮二荒山神社)には、平安時代中期に平将門を討伐した藤原秀郷が戦勝祈願をしたことを皮切りに、平安時代末期に奥州征伐に向かう源頼朝、安土桃山時代には関ケ原の戦い前に徳川家康が参拝していました。豊臣秀吉が関東・東北の諸大名に対して実施した人質の徴集や領地の再配置、刀狩りなどの戦後措置(宇都宮仕置)も宇都宮が舞台となりました。天下統一など歴史の節目に…

この記事は有料記事です。

残り1059文字(全文1436文字)

ご登録から1カ月間は100円

※料金は税別です

あわせて読みたい

注目の特集