- Twitter
- Facebook
- はてなブックマーク
- メール
- リンク
- 印刷

「宇都宮は聖地」「塩原温泉での湯治はステータス」――。現代の「都道府県魅力度ランキング」では最下位となった栃木県だが、中世の武家からは絶大な人気を集めていたという。中世を研究する県立博物館の江田郁夫副館長(60)に、歴史をひもといてもらった。【聞き手・李舜】
◆中世で栃木は武家から大変人気だったそうですね。
――はい。特に宇都宮は武家からは「聖地」のような扱いをされていたようです。宇都宮大明神(現在の宇都宮二荒山神社)には、平安時代中期に平将門を討伐した藤原秀郷が戦勝祈願をしたことを皮切りに、平安時代末期に奥州征伐に向かう源頼朝、安土桃山時代には関ケ原の戦い前に徳川家康が参拝していました。豊臣秀吉が関東・東北の諸大名に対して実施した人質の徴集や領地の再配置、刀狩りなどの戦後措置(宇都宮仕置)も宇都宮が舞台となりました。天下統一など歴史の節目に…
この記事は有料記事です。
残り1059文字(全文1436文字)