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無月の譜

/38 松浦寿輝 画・井筒啓之

 竜ちゃんには申し訳ないことをしてしまった、竜ちゃんを将棋の道へ引っ張りこんだのは、元はと言えばおれだから――と長塚さんは面目なさそうな顔で言う。そう、たしかにその通りではあるのだ。

 長塚さんがあれほどおれの将棋の才能に肩入れして、応援して、将来の名人かな……などと大袈裟(おおげさ)におだてて、師匠まで見つけてきてさえくれなければ――おれはたぶんふつうに高校を出て大学を出て、会社なり役所なりに就職して、平凡な勤め人になりおおせていただろう。父からは、「小磯商店」はおれの代で閉めるから、おまえたちは別の仕事を見つけろよ、と竜介も弟も子供の頃から言い聞かされていたものだ。しかしその「別の仕事」が将棋指しになることなどとは、父は夢にも思っていなかったはずだ。

 長塚さんの将棋熱にあれほど感化されなければ、十代後半から二十代前半にかけての大事な時期をまるまる費やして、将棋などという、まあ言ってみれば遊びごとに入れ揚げるということはしなかっただろうな、と竜介は思う。結局は徒労に終わったこんな長い長い人生の回り道をしなくて済んだだろうな、と。

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