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新型コロナ国内感染確認から1年 そのとき何が起きていたのか

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国内初となる新型コロナウイルス感染者を受け入れた時の状況を振り返る相模原協同病院の井関治和院長=相模原市緑区の同病院で2020年6月11日午後2時54分、木下翔太郎撮影
国内初となる新型コロナウイルス感染者を受け入れた時の状況を振り返る相模原協同病院の井関治和院長=相模原市緑区の同病院で2020年6月11日午後2時54分、木下翔太郎撮影

 新型コロナウイルスの感染が国内で初めて確認されてから15日で1年を迎える。感染者が入院した相模原市の病院や対応に追われた神奈川県庁などでは何が起きていたのか。関係者の証言や県の内部資料から当時の動きを追った。

看護の仕事依頼は「『赤紙』みたいなもの」

 「サージカルマスク、N95マスクの数量をご確認願います」。2020年1月10日早朝、第2種感染症指定医療機関である相模原協同病院(神奈川県)の井関治和院長は職員にメールでメッセージを発した。新型コロナウイルスに備えるためだった。

 当時、中国・武漢で新型コロナが検出されたとの報道はあったが、国内で大きく注目されていなかった。だが、井関氏は「中国が大変なことになっている。日本でも、早い準備が必要だ」と危機感を持っていた。

 中国籍の30代男性から「調子が悪い」と同病院に電話連絡があったのは、その日の昼過ぎのことだ。男性は19年12月20日から20年1月6日まで武漢に滞在していたという。

 「コロナかもしれない」。井関氏の動きは早かった。すぐに男性を感染症病床に入院させるとともに、一般患者とは別の動線を確保し感染防止を図った。

 ただ、未知のウイルスへの対応は緊張の連続だった。最も苦労したのは人員の確保だ。感染症病床で患者をみるには、医師だけでなく経験のあるベテラン看護師が必要で、井関氏が声をかけた。

 コロナについて正確な情報がなく、看護の仕事がどれほど危険なものか分からない時期だった。「『赤紙』みたいなものだった」。井関氏は振り返る。

患者の情報公開、厚労省との対立

 同月14日午後。神奈川県庁の自室で部下と打ち合わせをしていた市川喜久江・県健康医療局長(当時)は、部屋に駆け込んできた森由紀裕・県健康危機管理課長(同)の言葉に声を失った。相模原市の病院でコロナ疑いの患者が出たと報告があったからだ。

 陽性が確認され、森氏に連絡があったのは同16日早朝のことだ。

 厚生労働省側は男性の住所地を「神奈川県」とし、国籍や市町村名、入院医療機関名などの情報は一切公表すべきでないと伝えてきた。個人情報の保護に重きを置き、まん延を防ぐことを第一に求める感染症法に沿った対応だった。

 当時は…

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