メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

最大の思い出はアトランタ五輪の銀 野球殿堂・川島勝司氏

ヤマハ監督時代の1990年、第61回都市対抗野球大会で3度目の優勝を飾り、胴上げされる川島勝司氏=東京ドームで

[PR]

 野球殿堂博物館(東京都文京区)は14日、今年の野球殿堂入りを発表し、アマチュア野球関係者などが対象の特別表彰で、アトランタ五輪野球日本代表監督を務めた川島勝司氏(77)と日本高校野球連盟顧問でノンフィクション作家の佐山和夫氏(84)が選ばれた。

 川島氏は「身に余る光栄」と喜びを語った。監督として史上最多の都市対抗優勝3回など輝かしいキャリアを誇るが、最大の思い出として挙げたのは銀メダルを獲得した1996年アトランタ五輪だ。

野球殿堂入りが決まり、笑顔の川島勝司氏=浜松市中区で2021年1月14日(代表撮影)

 決勝のキューバ戦。2―6の五回2死満塁で、4番の松中信彦(新日鉄君津、元ソフトバンク)が同点となる満塁弾を放った。「4万人の観衆が大歓声。総毛立つようなこれまで感じたことのない歓喜、感動を味わった」と懐かしむ。

 苦しんだ五輪だった。大会直前、エースの杉浦正則(日本生命)が足を故障。予選リーグは1勝3敗と崖っぷちに追い込まれた。だが、ニカラグア戦に万全ではない杉浦を先発させて勝利したことで潮目が変わり、銀メダルまでたどりついた。

野球殿堂入りが決まり、オンラインであいさつする川島勝司氏=浜松市中区で2021年1月14日(代表撮影)

 激戦に次ぐ激戦だったが、常に堂々とした振る舞いを崩さなかった。当時、正捕手だったENEOSの大久保秀昭監督は「つらそうなところは僕たちに見せなかった。その姿は勉強になった」と話す。

 実は川島氏は尋常ではない重圧を受けていた。それが分かったのは数年後のこと。テレビでスポーツ番組を見ていた時、なぜかボロボロと涙がこぼれたのだ。川島氏は「ああ、アトランタの苦しみが残っていたんだな」と実感したという。

 今夏には東京オリンピックが開かれる。「新型コロナウイルスの影響で難しい調整になると思うが、金メダルを勝ち取って野球の素晴らしさを広めてほしい」。先達として代表チームにエールを送った。【岸本悠】

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. コロナ「第2波」で自殺16%増 東京都健康長寿医療センター分析

  2. 自民・下村政調会長、事業者への支援「義務規定に」特措法改正案

  3. NHK改革最終案を了承 受信料逃れに割増金 総務省の有識者会議 

  4. 自公、北海道2区補選で「不戦敗」選択 惨敗すれば首相の責任論 吉川元農相在宅起訴

  5. 対馬の盆踊など、国文化財指定へ

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです