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あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

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コロナ禍の2020年末第9公演(前編)

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ピリオドと現代的な要素を併せ持つ第9を聴かせたパブロ・エラス・カサドとNHK交響楽団 写真提供:NHK交響楽団
ピリオドと現代的な要素を併せ持つ第9を聴かせたパブロ・エラス・カサドとNHK交響楽団 写真提供:NHK交響楽団

 新型コロナウイルスの感染拡大が続く昨年末、在京オーケストラ各団体は感染防止対策を徹底した上で年末恒例のベートーヴェンの第9交響曲の公演を開催した。各オケは昨年の緊急事態宣言解除後に感染防止策を策定するために行われた各種の検証結果に沿って公演を徐々に再開。約半年間で蓄積されたノウハウをもとに合唱団の人数を絞り、海外アーティストの招へいを含めた第9公演を実施した。2021年が始まって2週間以上が経過した現時点で、会場でのクラスター発生の報告はない。

 各公演を具体的に比較するための参考材料として昨年に引き続き演奏・公演データを付記した。今年はそこに感染防止対策に関連する事項も追加。コロナ禍に見舞われた2020年末、各オーケストラがどのようにして公演を実現させ、どんなベートーヴェンが演奏されたのかをデータをもとに2回にわたって振り返ってみたい。なお、全ての公演で入場時には手指消毒と検温などが実施されていた。(宮嶋 極)

【セバスティアン・ヴァイグレ指揮 読売日本交響楽団】

☆公演・演奏データ

聴衆の収容制限:なし

使用譜面:ベーレンライター版

繰り返し:第2楽章前半

弦楽器 :第1ヴァイオリン12 第2ヴァイオリン 10 ヴィオラ 8 チェロ 6 コントラバス 4

管楽器 :指定通り

演奏時間:67~68分

独唱  : 森谷 真理(S)ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー(MS)AJ・グルッカート(T)大沼 徹(Br)

合唱  :新国立劇場合唱団(女声26、男声14)

コンマス:長原 幸太

取材  :12月20日 東京芸術劇場

セバスティアン・ヴァイグレと読響の第9公演。合唱の配置からコロナ禍ならではの配慮がうかがえる=写真は12月18日、サントリーホールでの公演 (C) 読売日本交響楽団
セバスティアン・ヴァイグレと読響の第9公演。合唱の配置からコロナ禍ならではの配慮がうかがえる=写真は12月18日、サントリーホールでの公演 (C) 読売日本交響楽団

 読売日本交響楽団は常任指揮者セバスティアン・ヴァイグレが指揮台に立った。読響との共演が1年3カ月ぶりとなるヴァイグレは来日後14日間の隔離措置を経て12月9日の定期演奏会(サントリーホール、ブルックナー交響曲第6番ほか)を指揮し、そのまま滞在を続けて第9公演を振った。

 声楽陣の入場に要した時間を差し引いた67~68分という演奏時間だけを見ると、ゆったりとした大きな構えだったように映るが、実際は遅さなど微塵(みじん)も感じさせない全体に引き締まった印象を与える演奏であった。フレーズとフレーズのつなぎ方に工夫を凝らし、滑らかな旋律線を描き出していく。弦楽器の編成は12型、管楽器は譜面の指定通りの数であったが音量に不足を感じさせる箇所はなく、強弱のコントロールを細やかに行って、弦楽器の活発な動きに埋もれがちな管楽器の内声部を美しく聴かせるのはヴァイグレならではの手法といえよう。これらは端正な作りの中に新鮮な驚きをもたらす響きを生み出すなどの効果をもたらしていた。読響の透明感あふれるサウンドもヴァイグレのこうしたアプローチによくマッチしていた。

【パブロ・エラス・カサド指揮 NHK交響楽団】

☆公演・演奏データ

聴衆の収容制限:50%

使用譜面:ベーレンライター版

繰り返し:第2楽章前半

弦楽器 :第1ヴァイオリン12 第2ヴァイオリン 10 ヴィオラ 8 チェロ 6  コントラバス 4

管楽器 :オーボエ、クラリネットにアシスタント1 前半、コントラファゴット奏者も第 1パートのアシスタントに回る

演奏時間:62分

独唱  : 髙橋 絵理(S)加納 悦子(MS)宮里 直樹(T)谷口 伸(Br)

合唱  :新国立劇場合唱団(女声20、男声20) オケとの間に壁のようなアクリル板

コンマス:篠崎 史紀

取材  :12月23日 NHKホール

N響の第9公演から。飛沫拡散防止のため、オーケストラとソリストの間にはアクリル板が設置されている 写真提供:NHK交響楽団
N響の第9公演から。飛沫拡散防止のため、オーケストラとソリストの間にはアクリル板が設置されている 写真提供:NHK交響楽団

 NHK交響楽団はスペイン・グラナダ出身で現在、マドリード・レアル劇場の首席客演指揮者であるパブロ・エラス・カサドが指揮を務めた。カサドは近年フライブルク・バロック・オーケストラと緊密な関係を保ち、作曲家在世当時の楽器や演奏方法を再現するピリオド(時代)スタイルにも取り組んでいる。N響との共演でもピリオドの要素を適度に取り入れて、アクセントの付け方やアーティキュレーション(音と音のつなげ方)に細心の注意を払い、シンプルながらも堅固な構造を持つ音楽に仕上げていた。ヴィブラートは総体的に控え目で、前半においては長音をノー・ヴィブラートで弾かせる箇所も多かった。

 とはいえ作曲家在世当時に愚直に立ち帰るという単純なスタイルではなく、スピード感と力感を兼ね備えた現代的な第9でもあり、一分のすきも見せないN響の高い合奏能力がこの作品に内包された時代を超越する普遍的なメッセージを高らかに歌い上げているように感じた。

 N響はNHKの関連団体ということもあってか、感染防止対策が今回取材した中では最も厳格に講じられていた。聴衆の収容人数も唯一、ホール全体の50%以下に抑えられていた。感染の再拡大が顕著になっていた時期でもあり、客席に座って前後左右が空いていると安心感を覚えたのは筆者だけではないはずだ。感染拡大期において隣や後ろに他人が座っていると「クシャミでもされたらどうしよう」などとついつい緊張してしまう(コロナ禍の前はそれが普通のことだったのだが…)。ステージ上では独唱者も含めた声楽陣とオーケストラの間に壁のように隙間(すきま)なく飛沫(ひまつ)飛散防止のためのアクリル板が設置されていたのも目を引いた。

【鈴木雅明指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン】

☆公演・演奏データ

聴衆の収容制限:なし

使用譜面:ベーレンライター版

繰り返し:第2楽章前半と後半の一部

弦楽器 :第1ヴァイオリン7 第2ヴァイオリン 6 ヴィオラ 5 チェロ 4  コントラバス 4

管楽器 :オーボエ、ホルン、トランペットにアシスタント1 コントラファゴット奏者も第1パートのアシスタントに回る

演奏時間:65分

独唱  : 森 麻季(S)林 美智子(A)櫻田 亮(T)加耒 徹(Bs)

合唱  :バッハ・コレギウム・ジャパン(女声16、男声16のうち3人がアルトパート)

オルガン:鈴木 優人

コンマス:若松 夏美

取材  :12月27日18:00 東京オペラシティ・コンサートホール

 日本を代表するバロック・オーケストラ&コーラスであるバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)は創始者で音楽監督の鈴木雅明が指揮を務めた。公演は12月27日に東京オペラシティ・コンサートホールで昼夜2回行われた。取材したのは夜の公演。

 作曲家在世当時の楽器や演奏法を再現するバロック・オーケストラ、あるいはピリオド・オーケストラの日本における草分け的存在であるBCJ。活動開始から30年近くを経て、近年では専門のバッハのみならず、ベートーヴェンやモーツァルトなどの古典派からストラヴィンスキーらの近現代作品にも取り組むなどして世界的な名声を博していることは周知の通りである。第9についても鈴木とBCJは同ホールで19年1月に演奏しているほか、17年2月には同じベートーヴェンのミサ・ソレムニスを披露し高い評価を得ている。それは彼らが作曲家在世当時のスタイルを単に再現することにとどまらず、演奏法の研究・実践を通して作曲家が本来意図した核心に迫っていく努力を続けてきたことで作品に新たな命が宿り、聴く者の心を打つからにほかならない。今回の第9もまさにそうした演奏であった。

 第1楽章からアーティキュレーションの見直しが随所に行われており、木管のスタッカート(ひとつひとつの音を歯切れよく切る奏法)が際立って聴こえてくる。データにも記した通り、管楽器に細かくアシスタントが配置されているのは、ピリオド楽器の技術的な制約を改善することに加えて、音量のバランスを調整してハーモニーを整える狙いもあるのだろう。一切の虚飾を排したような素朴でバランスの取れた響きが美しかった。コーラスも男女それぞれ16人ずつであったが、男声のうち3人がアルトパートを歌っていたのも興味深かった。また、ティンパニは当然手締めのバロック楽器を使っていたのだが、第9の場合、楽章間で必ず音替えがありそれを短いインターバルで正確に済ませていた当夜の奏者、武藤厚志(読響首席)も見事であった(現代の機械ティンパニはペダルで瞬時に音替えができる)。

 第4楽章のバス・バリトンのソロに装飾を付けていたのも作曲家在世当時のやり方である。以前、メゾ・ソプラノのチェチーリア・バルトリを取材した際、そうしたスタイルの方法論を語っていたことを思い出した。聴きどころ、見どころ満載の第9であり、65分がアッという間に過ぎたように感じた。終演後、オーケストラ・合唱のメンバーが退場後も拍手が鳴りやまず鈴木がステージに呼び戻されていた。

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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