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この国はどこへ コロナの時代に 松永久秀描いた「じんかん」著者、今村翔吾さん 弱き人間の世、希望持ちたい

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=玉城達郎撮影
=玉城達郎撮影

 「人間は美しくもあり、汚くもある。どっちが本当かではなく、両方ともあるんだと思う。そしてコロナ禍は人間の醜い部分をさらけ出したな、と感じます」。昨年の直木賞候補にもなった話題の歴史小説「じんかん」を書いた大津市在住の作家、今村翔吾さん(36)はそう語る。

 室町将軍を暗殺し、東大寺の大仏殿を焼き打ちしたなどとして、「希代の極悪人」と呼ばれてきた戦国武将、松永久秀。NHKの大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」では俳優、吉田鋼太郎さんの熱演で知られる。そんな久秀の生涯を独自の解釈で描き出したのが「じんかん」だ。「じんかん」とは「この世」を意味する。

 この小説を着想したきっかけは、SNS(ネット交流サービス)の闇を抱えた現代社会にあるという。SNS上の中傷は人を死に追いやる事態にまで発展している。「会ったこともない他人を、まるで鬼か悪魔かのようにたたき、傷つける。簡単に人を殺傷できる道具を人間は手にしてしまったようです。そんな現代の病理を世に問うとするならば、取り上げるべき人物は誰か。長く悪人とたたかれ、歴史の中で『炎上』し続けてきた松永久秀こそふさわしいと思ったのです」。約400年にわたり「極悪人」と伝えられてきた久秀だが、将軍暗殺などに関わった明確な証拠があるわけではなく、「冤罪(えんざい)」との説も浮上している。

 「じんかん」の発表と時を合わせるように、コロナ禍が広がった。くしくも小説で問いたかった人間の「邪」の部分がはっきりと見えるようになった。感染者に向けた非難、医療従事者やその家族に対する差別、正義を振りかざして他者を攻撃する「自粛警察」。暗たんたる空気が今、この国を覆っている。「疑心暗鬼が広がり、他人を思いやれなくなっているのでしょう。このまま、この状況を止められなかったら、人を傷つけ合う世の中になってしまうのではないか。僕は恐怖心さえ感じる」

 人間は「邪」なるものを遠ざけることはできないものか。そう尋ねると、今村さんは少し考えた末、豊臣秀吉の家臣、福島正則の言葉を思い出した、と口にした。ある人が正則に「人の心は悪くなっていくばかりだ」と嘆くと、正則は「もし本当にそうなら、この世はとっくに悪で満ちているはずだ」と答えたとされる。

 「人間は悪に落ちても、再び清いところに戻る自浄作用があると言いたかったのでしょう。なんだかんだ言っても、ギリギリのところで踏みとどまるのもまた人間なのかもしれない。だからこそ、希望を失ってはいけない。僕は人間に対して期待はしないけど、希望は持ちたいと思うのです」

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