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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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「マスコミは風化って言うけど…」 サンドウィッチマンが考える真の復興とは

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お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおさん(左)と富澤たけしさん=東京都品川区で2020年12月29日
お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおさん(左)と富澤たけしさん=東京都品川区で2020年12月29日

 3月で東日本大震災の発生から10年になる。仙台市出身のお笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおさん(46)、富澤たけしさん(46)は義援金を集め、チャリティーライブなどを通じて被災地支援を続ける。二人が「今も復興の途中」と話す、その理由は。【聞き手・大場あい/科学環境部、写真・内藤絵美/写真映像報道センター】

「東北の様子を伝えなくちゃいけない」

――テレビ番組のロケ中に宮城県気仙沼市で被災したとうかがいました。

 伊達さん 午前中からロケをしていて、午後2時46分は気仙沼シャークミュージアムの駐車場あたりにいました。過去に経験したことのない揺れで、建物から人がわあっと出てきて、ガラスが割れる音がして、道路が割れて。スタッフの指示で安波(あんば)山(標高238メートル)に逃げて、遠く沖から押し寄せてくる津波を見ました。考えられないような現実でした。

 気仙沼駅前のホテルのロビーで一晩過ごしました。僕ら以外にもたくさんの人が来ていて、みんなでラジオを聴きました。ラジオからよく知っている地名がいっぱい聞こえてきた。深沼海水浴場(仙台市若林区)や牡鹿(おしか)半島でも遺体があがっているとか。津波から逃げられなかった人があんなにいたとは。避難した先で津波に襲われた人もいました。亡くなった方がこんなにいたことはショックでした。

――直後に「東北魂義援金」の銀行口座を開設しました。

 伊達さん 3月13日に東京に戻ったら、どこも電気がついていて、「カラオケいかがですか」って声かけられたんですよ、呼び込みの人に。仙台の実家も全部ライフラインが止まっていて、親はろうそくで生活をしていた。でも、東京はもう「日常」なんだなと。東北の様子を伝えなくちゃいけないと思った。

 我々は助かったので、使命感みたいなものもありました。そのために生かされた感じがして。

 富澤さん (地震直後に)ちょっとしたら戻ろうか、くらいの感じで家から出てきた人たちが、家を流されて、何もかもなくなっていましたから。まず、何が必要って言ったらお金じゃないのかなというのでやりましたね。

 伊達さん 開設後1カ月半で…

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