阪神大震災

命救う、今こそ 犠牲乳児抱いた中2の30分、看護師原点

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阪神大震災をきっかけに看護師を志した尾川華子さん=神戸市中央区で2021年1月12日、大西達也撮影
阪神大震災をきっかけに看護師を志した尾川華子さん=神戸市中央区で2021年1月12日、大西達也撮影

 神戸市立医療センター中央市民病院(同市中央区)の看護師、尾川華子さん(40)=同市兵庫区=は、阪神大震災で亡くなった赤ちゃんのことを今も思い出す。1995年1月17日、倒壊家屋から救い出され、居合わせた自分が抱いた名前も知らない子だが、その目は最後まで開かなかった。看護の道へ進んだのは、中学2年だったあの日の経験からだ。「助けられたはずの命を救いたい」。その思いを胸に、生死を分かつ救急や災害医療の現場に立ち続ける。

 「この赤ちゃんを温めてあげて」。震災直後の明け方でまだ暗い中、神戸市東灘区の自宅マンションの外に出た時だった。近くにいた大人から突然、毛布にくるまれた生後間もない赤ちゃんを手渡された。崩れ落ちた隣の文化住宅から救助されたばかりだった。

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