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先月のピカイチ 来月のイチオシ

毎月数多くの公演に足を運び耳を傾けている鑑賞の達人が、1カ月で最も印象に残った演奏と、これから1カ月で聴き逃せないプログラムを紹介します。

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先月のピカイチ 来月のイチオシ

記憶に残るブラームスの交響曲ライブ

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1977年来日時のベームとウィーン・フィル=NHKホール
1977年来日時のベームとウィーン・フィル=NHKホール

 2021年を迎えて新型コロナ・ウイルスの感染拡大が深刻化しており、コンサートの開催が再び不透明な状況に直面している。そこで今月の当連載では、昨年好評を博した「ベートーヴェンの交響曲のベスト」に続く特別企画として、ブラームスの交響曲4曲のベスト演奏、印象に残った公演を選者の皆さんに選んでいただいた。

◆東条碩夫(音楽評論家)選◆

◆第1番ハ短調Op.68

クルト・ザンデルリンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン

(1973年10月18日 東京厚生年金会館大ホール)

【次点】パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン(2014年12月10日 東京オペラシティコンサートホール)

◆第2番ニ長調Op.73

カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(1977年3月11日 東京文化会館大ホール)

1977年来日時のベームとウィーン・フィル=NHKホール 拡大
1977年来日時のベームとウィーン・フィル=NHKホール

【次点】ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1957年11月来日公演 日比谷公会堂よりNHK・AM中継放送)

◆第3番ヘ長調Op.90

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮読売日本交響楽団

(2008年9月10日 サントリーホール)

◆第4番ホ短調Op.98

アンドリス・ネルソンス指揮バーミンガム市交響楽団

(2013年11月19日 東京オペラシティコンサートホール)

【次点】パーヴォ・ヤルヴィ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(2019年11月18日 サントリーホール)

 1番では、初来日のシュターツカペレ・ドレスデンが聴かせる「いぶし銀」のような渋い美音と、それを制御するザンデルリンクの壮烈な気迫とが見事に合致した雄渾(ゆうこん)な演奏をまず挙げたい。一方、41年後のP・ヤルヴィのそれは「闘うブラームス」像を浮き彫りにした痛快無類な解釈だった。また2番は、円熟の極みに達したベームがウィーン・フィルから引き出した温かくヒューマンな演奏を第一とするが、昔ラジオ(生中継だったか?)で聴いたカラヤン(当時49歳)とベルリン・フィル(初来日)での、終楽章の情熱的な昂揚(こうよう)も、今なお忘れがたい。多分この曲をまともに聴いたのはそれが初めてだったかもしれない。誰だったか評論家が「あの演奏を聴くと、ブラームスだって気難しいだけの男じゃなく、時には熱烈な恋をする男なんだ、ってことが分かるような気がするねえ」と放送で話していたのが妙に強く記憶に残っている。

 3番は、スクロヴァチェフスキと読響の、壮大で滋味豊かな両端楽章、懐かしくも寂しい逍遥(しょうよう)の中間2楽章を含む演奏を挙げておこう。一方4番では、ネルソンスとバーミンガム市響の思いがけぬ好演が印象に残る。テンポやデュナミークを自在に変化させる奔放な指揮でありながら全体の均衡を失わず、しかも表情豊かな演奏だった。また、P・ヤルヴィのそれはコンセルトヘボウへの客演指揮でありながら、このオケの美しい響きを存分に生かした演奏。第2楽章の弦楽合奏主題を、まるで空を漂う雲の如(ごと)き軽やかさで響かせた手腕には舌を巻いた。

     *      *      * 

◆柴田克彦(音楽ライター)選◆

◆第1番ハ短調Op.68

セルジュ・チェリビダッケ指揮ロンドン交響楽団

(1980年4月 NHKホール)

◆第2番ニ長調Op.73

マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(2004年11月 サントリーホール)

ヤンソンスとロイヤル・コンセルトヘボウ管=写真は2013年の来日公演 (C)Aki Takematsuオランダ王国大使館
ヤンソンスとロイヤル・コンセルトヘボウ管=写真は2013年の来日公演 (C)Aki Takematsuオランダ王国大使館

◆第3番ヘ長調Op.90

アンドレ・プレヴィン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団

(1988年9月 サントリーホール)

◆第4番ホ短調Op.98

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

(2014年12月 東京オペラシティコンサートホール)

 

 ブラームスの交響曲の生演奏は意外に難しい気がする。良い演奏だとは思ってもどこか物足りないことが多い。それでもなお感銘を受けた公演は少なからずあったはずだが、当欄のベートーヴェン前半同様に、記録をとっていないことと記憶力の貧困さが相まって、ベストなどほとんど浮かばない……。

 かくも情けない状況の中で、唯一「文句なしにベスト!」と断言できるのが、ヤンソンス&コンセルトヘボウ管の2番。これは、しなやかさと馥郁(ふくいく)たる香りをたたえた、しかも精緻かつ引き締まった名演で、聴きながら高揚感と幸福感に満たされたことを鮮明に記憶している。

 他の3曲は、ベートーヴェンの時と同じく、名演というよりもその日の演奏風景が脳裏に浮かぶ公演を挙げておいた。チェリビダッケ&ロンドン響の1番は、この曲の重厚なイメージ(正直少し苦手……)とは真逆の繊細・透明な表現が妙に忘れがたい。特に第2楽章最後のデリケートな音のあやを、今もそこを聴くたびに思い出す。プレヴィン&ロス・フィルの3番は、外来オケがこの曲を単独で取り上げた珍しさと、端整かつ濃密で恰幅(かっぷく)の良い演奏が印象に残っている。パーヴォの4番は、まだ実験段階といった感じながらも、凝縮されたエネルギーと圧倒的な推進力の連鎖に強いインパクトを受けた。

     *      *      * 

◆池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選◆

◆第1番ハ短調Op.68

セルジュ・チェリビダッケ指揮ロンドン交響楽団

(1980年4月19日 NHKホール)

◆第2番ニ長調Op.73

モーシェ・アツモン指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団

(2016年12月10日 愛知県芸術劇場コンサートホール)

モーシェ・アツモンと名フィルの第441回定期より=2016年12月9日、愛知県芸術劇場コンサートホール (C)Kosaku Nakagawa
モーシェ・アツモンと名フィルの第441回定期より=2016年12月9日、愛知県芸術劇場コンサートホール (C)Kosaku Nakagawa

◆第3番ヘ長調Op.90

ラドミル・エリシュカ指揮札幌交響楽団

(2013年10月11日 札幌コンサートホールKitara)

◆第4番ホ短調Op.98

キリル・コンドラシン指揮NHK交響楽団

(1980年1月15日 神奈川県民ホール)

 見事にロシア〜東欧系の指揮者が並んでしまった。チェリビダッケはブラームスを早くから得意としていた。第1番ではリハーサルを学生に開放した1980年、ロンドン響との演奏に受けた衝撃が大きい。第4楽章。ホルンがアルペン・ホルン風の第2序奏——ブラームスがクララ・シューマンの誕生日に宛てた手紙の一節「Hoch auf’m Berg, tief im Tal, grüß ich dich viel tausendmal!”(高い山から、深い谷から、君に何千回もあいさつしよう)」に基づく——を彩るヴァイオリン群の弱音が最上の繊細さとともに聴こえてきた瞬間、神が降りてきたとすら思った。

 第2番は1977年の初来日から2016年、名誉指揮者のポストを持つ名古屋フィルとの現役引退公演まで39年間、私にとって「音楽の師」であり続けたアツモンの思い出と一体に存在する。晩年になるほどレパートリーを極端に絞り、2010年代は東京都交響楽団との最後の共演、神奈川フィルハーモニー管弦楽団との初共演など、ほぼ全てのコンサートで「ブラームスの第2」を振り続けた。名古屋フィルとの最後の定期も当初「第3」の予定だったが、引退発表と同時に「第2」へ替わった。モーツァルトを思わせるたたずまいで品よく、しみじみと語りかける「ブラームスの『田園交響曲』」は、アツモン先生の人柄そのものだった。

 第3番では札響がアツモンと同い年のチェコ人マエストロ、名誉指揮者(当時は首席客演指揮者)のエリシュカと達成した硬派の名演が思い出される。旧ハプスブルク文化圏の枢要を担った「中欧(ミッテルオイローパ)」最後の世代であり、ドイツ=オーストリア音楽にも造詣が深かった。楽譜に忠実な新即物主義(ノイエ・ザハリヒカイト)世代に属しながら、指揮法の教授としてモダンなバトンテクニックを備え、時にハッとするほどの即興性で魅了した。

 第4番では〝西側〟亡命直後、N響との一期一会で奇跡の名演を残したコンドラシンの超辛口演奏がすごかった。諦念(ていねん)を通り越した深い絶望。時間の経過に逆行して、冷酷と思われたフレーズに血が通い、過酷な人生を運命づけられたマエストロの心情に思いが及ぶ。これより少し前、1970年代終わりに東京厚生年金会館大ホールで聴いたニッポン放送「新日鐵コンサート」の公開録音、発足間もない新日本フィルハーモニー交響楽団と山本直純の「第4」もまた、孤高の天才指揮者が一瞬垣間見せた激烈な音楽だった。

     *      *      * 

◆毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選◆

◆第1番ハ短調Op.68

上岡敏之指揮読売日本交響楽団

(2003年3月24日 東京芸術劇場)

◆第2番ニ長調Op.73

マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(2004年11月6日 サントリーホール)

◆第3番ヘ長調Op.90

ダニエル・ハーディング指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

(2001年11月20日 オーチャードホール)

◆第4番ホ短調Op.98

サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(2017年11月24日 サントリーホール)

ラトル&ベルリン・フィルの2017年来日公演=2017年11月24日、サントリーホール (C)堀田力丸
ラトル&ベルリン・フィルの2017年来日公演=2017年11月24日、サントリーホール (C)堀田力丸

 今回は、ブラームスの交響曲が持つそれぞれのキャラクターを象徴する演奏会を選んだ。

 第1番に込められた交響曲という霊峰に臨む作曲家の思い、スコアにある音全てを表現しようとする上岡の解釈は時として聴き手を思いがけない次元へ連れていく。当時ドイツ・ヴッパータール市立歌劇場の音楽総監督としてキャリアを積み、客演指揮者としても妥協のない音楽づくりを読響に求めた。時として狂気を感じるほどの強い表現は、あらゆるフレーズで既視感のない音楽を作っていく。第4楽章終結部でのコラールでは、大胆にテンポを落とし、そこから生まれる天上への祈りには心臓をわしづかみにされたような衝撃が走った。

 ヤンソンスの第2番は、10月の当連載「ベートーヴェン 交響曲第2番」であげた演奏会の後半のプログラム。明るい陽光に満ちた楽想を最高の輝きをまとったコンセルトヘボウが歌いきった名演。

 世界のひのき舞台に躍り出て注目を集めていた、当時26歳の天才指揮者ダニエル・ハーディングの指揮を初めて聴いたのが第3番だった。うわさ通りのさえ渡ったタクトとカンマーフィルの精鋭たちによるブラームスはスコアに書かれた光と陰を鮮やかに描いていた。

 サイモン・ラトルがベルリン・フィルの芸術監督兼首席指揮者として来日した最後のツアーで聴いた第4番は、過去の公演で感じられた両者の緊迫感が良い意味で無くなり、自然体で向き合っているのが印象的だった。人生の輝かしい時から黄昏(たそがれ)まで、あらゆる時間を肯定するかのような生命力にあふれる演奏に、このコンビが重ねてきた十数年にわたる年月と、共に聴衆として歩んできた歓びをかみ締めた。

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◆宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)選◆

◆第1番ハ短調Op.68

カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(1975年3月22日 NHKホール)

【次点】ホルスト・シュタイン指揮バンベルク交響楽団(1990年4月28日 サントリーホール)

◆第2番ニ長調Op.73

朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

(1980年 東京文化会館)

【次点】クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1992年1月25日 サントリーホール)

◆第3番ヘ長調Op.90

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団

(2019年11月16日 NHKホール)

ブロムシュテットとN響=2019年11月16日、NHKホール 写真提供:NHK交響楽団
ブロムシュテットとN響=2019年11月16日、NHKホール 写真提供:NHK交響楽団

【次点】サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (2008年11月26日 サントリーホール)

◆第4番ホ短調Op.98

小澤征爾指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(1993年11月22日 サントリーホール)

【次点】岩城宏之指揮札幌交響楽団(1982年9月6日 北海道厚生年金会館大ホール)

 ベームの第1番は当連載の特別企画「わが半生の思い出の公演」で触れたので、ご参照いただきたい。第1番の次点、シュタインとバンベルク響は派手さこそないもののしっかりとした骨格を土台に温かみのあるハーモニーが心に響いた。

 朝比奈・新日フィルの第2番は日時不明。前半にシューマンの交響曲第4番を演奏したと記憶している。当時、朝比奈は70歳代前半、大きな構えの音楽作りに加えて巨匠と呼ばれた最晩年にはないすさまじい推進力をもって圧倒的なフィナーレを構築。この頃からオケ退場後も拍手が鳴りやまず朝比奈がステージに呼び戻される光景が展開され始めた。

 ブロムシュテットとN響の第3番はあらゆるぜい肉をそぎ落とした素朴な美しさが際立つ秀演。高齢になっても真摯(しんし)に作品に向き合うブロムシュテットの姿勢に心動かされた。

 第4番は小澤とウィーン・フィルによる93年の日本公演。当時58歳、破竹の勢いの小澤が指向するブラームスとオケのそれとが異なっていたのか、両者の綱引きが随所で繰り広げられ高い緊張感を帯びた演奏が忘れられない。このコンビは2000年にも日本で同曲を演奏しているが、小澤の円熟が進み綱引きは見られなかった。次点の岩城は大学時代、帰省で久々に聴いた札響の定期。オケのレベル・アップに驚かされたのを覚えている。75年から始まった岩城時代の成果が出始めた時期であった。

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