- Twitter
- Facebook
- はてなブックマーク
- メール
- リンク
- 印刷

コンサートは、ヴィキングル・オラフソンによる聞こえるか聞こえないほどのピアノの最弱音で始まった。バッハの≪バイオリン・ソナタ第5番ヘ短調≫第1楽章ラルゴ(2020年12月23日、東京・サントリーホールで所見)。
それは伴奏としての前奏ではなく、バッハが追悼式に書いたモテットの影を映す悲しい主題である。長いピアノの後、庄司紗矢香のバイオリンが低く静かにバスの線を加える。そのとき、オラフソンのピアニッシモの意味もさらに重きを増した。本来、チェンバロで書かれているため、バイオリンとの音量の差はさほどなかったはずだが、現代のピアノで弾かれると差が増大する。それがピアニッシモの理由のひとつ。
もうひとつには、弱音と弱音が響き合うことで、かそけき対話が、精神世界につながるように深く染み通ってくる。受難が表される。たとえば第3楽章において、装飾的なピアノに対し和音を重ねる庄司のバイオリンが、重音だけなのに、いかに旋律的な歌を感じさせることか。
この記事は有料記事です。
残り840文字(全文1261文字)