寄稿

追悼 なかにし礼さん(作詞家・作家) 人の命の根底を言葉に=加藤登紀子(歌手)

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2014年7月、広島で開催されたNHK「いのちのうた2014」出演時、原爆ドームをバックに納まるなかにし礼さん(右)と加藤登紀子さん。この時、加藤さんは、なかにしさんが「自分に対する遺言歌」として書いた「さくらの唄」を歌った=加藤さん提供
2014年7月、広島で開催されたNHK「いのちのうた2014」出演時、原爆ドームをバックに納まるなかにし礼さん(右)と加藤登紀子さん。この時、加藤さんは、なかにしさんが「自分に対する遺言歌」として書いた「さくらの唄」を歌った=加藤さん提供

 私が「なかにし礼」という名前に出会ったのは1964年、第1回の日本シャンソンコンクールの時。私がエディット・ピアフの「七つの大罪」を歌って優勝を逃したその時の優勝者、小林暁美さんが歌ったシャルル・アズナブールの「ラ・マンマ」の日本語訳がなかにし礼さんだったのだ。母の死を見つめる息子たちの歌だった。

 これまでにはない説得力のある詩の力に感動した。

 65年、第2回シャンソンコンクールに私は優勝し、いよいよ歌手デビューすることになり、そのデビュー曲を礼さんに作詞していただいた。それが「誰も誰も知らない」。

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