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ジャーナリズムを、聞きたい

元社会部長の小川一・毎日新聞グループホールディングス顧問が、ジャーナリストたちの活動を振り返りながらその思いを聞きます。

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菅家さんの冤罪証明し真犯人を追う 清水潔さん「潜在する危機伝えることこそ報道」

足利事件の再審判決後、笑顔で「完全無罪」と書かれた紙を手にする菅家利和さん=宇都宮地裁で2010年3月26日、小林努撮影
足利事件の再審判決後、笑顔で「完全無罪」と書かれた紙を手にする菅家利和さん=宇都宮地裁で2010年3月26日、小林努撮影

 「足利事件」の冤罪(えんざい)の可能性を指摘するキャンペーン報道は、清水潔さんが取材を初めてから半年たった2008年1月、日本テレビの報道番組「ACTION 日本を動かすプロジェクト」で始まりました。菅家利和さんと犯人のDNA型が一致したという裁判所の認定は変わっていませんでしたが、取材で判明した疑問点を次々と報じていきました。

 あえて通常のニュースではみられないナレーションも採用しました。「もし〇〇ならば」という問いかけです。「もし菅家受刑者が無実であるならば、五つの幼女殺害事件はすべて未解決ということになる」。菅家さんがDNAの再鑑定を望んでいることを伝え、「我々はこの5件の幼女連続誘拐殺人事件を徹底的に検証していく。同一犯による事件の可能性はないのか。犯人は今もどこかに潜んでいる」と訴えました。夕方のニュースや報道番組で次々と、キャンペーン報道を続けました。

 報道を始めた翌月、清水さんの心がくじけるような出来事が起きました。「足利事件」の再審請求を宇都宮地裁が却下したのです。5年間、放置されていたようにも見えた再審請求でしたが、まるでキャンペーン報道に合わせたかのような突然の却下でした。清水さんは「警察や他のメディアの冷笑が聞こえてくるようだった」と振り返ります。「自分は根本的に間違っているのか」と自問を繰り返したといいます。

 しかし、DNAの再鑑定も行わないままの門前払いは許されない、と思い直し、報道を続ける決意を新たにします。菅家さんも東京高裁に再審の即時抗告をしました。

 そして、キャンペーン報道から1年近くがたった時、ついに事態は動きました。東京高裁がDNA鑑定の再度の実施を決定したのです。再鑑定の結果、検察側、弁護側双方の鑑定人がそろって「不一致」、つまり菅家さんと犯人のDNA型は一致しないと結論づけました。

 あわてた検察側は、殺害された松田真実ちゃんのお母さんにさらなるDNA鑑定の協力を求めました。お母さんは検察庁に出向き、真実ちゃんのへその緒を提出しました。清水さんはお母さんに同行を許されました。取材を通じて、深い信頼を得ていたのです。

 検察庁は、「不一致」の結果が出ても、菅家さんが殺害したとの立場を変えていませんでした。いろいろな釈明を続ける検察官にお母さんは言いました。「おかしいですよ、やっぱり。誰が見ても違うものは違うんですよ。菅家さん、あえて『さん』と言いますが、捜査が間違っていたのなら、ちゃんと謝るべきです」。そして、子どもを諭すように検察官を叱りました。「ごめんなさいが言えないでどうするの」。この言葉が事態を決定づけます。

 清水さんはいくつもの番組で、お母さんのこの言葉を流し続けました。放送の翌日、弁護団は記者会見を開き、「遺族がここまで言っているのに、なぜ釈放しないのか」と検察を非難しました。

 放送から4日後、菅家さんは釈放されました。栃木県警本部長は「長い間つらい思いをさせたことを心からおわび申し上げます」と報道陣の前で菅家さんに頭を下げました。宇都宮地裁で開かれた再審では、無罪判決を言い渡した後、裁判長が言いました。「菅家さんの真実の声に十分に耳を傾けられず、自由を奪う結果になりました。裁判官として誠に申し訳なく思います」。さらに裁判長と陪席裁判官の2人が一緒に立ち上がり、深く頭を下げて「申し訳ありませんでした」と謝罪したのでした。

 では「真犯人」はどこにいるのか。清水さんは、菅家さんの冤罪を証明する取材と並行して、新たな容疑者の割り出しを進めていました。

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