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表現者たちが転機になった一作を語ります。

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バレエダンサー 小林十市/3 「火の鳥」の死と再生

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 スイスで自身のバレエ団を率いていた巨匠モーリス・ベジャールは、初対面の小林十市を見据えてこう言った。「君が気に入ったよ。一緒にやろう」。1989年、二十歳の春だった。

 重心の位置も古典とは異なる独特の「ベジャール節」をすぐに体得し、「若さに任せて踊りまくる」日々。入団2年目の巡業で大役が付いた。ストラビンスキー作曲「火の鳥」の表題役だ。不死鳥が王子を助けるロシアの民話を、ベジャールは革命運動に置き換えていた。統率者が力尽きて灰になり、やがてよみがえる。70年に初演され、興行の柱になっていた代表作だ。

 若くしての抜てきは、米国留学で培った技術力ゆえ。だが「名作なのに観客が沸かないことには気付いていた」。95年に再演が決まると、稽古(けいこ)場でこう言い渡される。「十市、まるでなっていないよ。一から作り直せ」。声の主は、巡業に同行していなかった副芸術監督のジル・ロマン。天狗(てんぐ)の鼻をへし折られたが、その特訓に食らいついた。

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