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人生のとき 信仰と共に頂点に 将棋棋士 加藤一二三さん

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名人戦の棋譜を振り返る加藤一二三。駒を握ると鋭い目つきになった=東京・千駄ケ谷の将棋会館で
名人戦の棋譜を振り返る加藤一二三。駒を握ると鋭い目つきになった=東京・千駄ケ谷の将棋会館で

 「1、2、3、4……」。秒を読む記録係の声が静寂を破る。

 1982年7月31日夜、東京・千駄ケ谷の将棋会館・特別対局室。第40期名人戦最終局の2日目、名人中原誠(73)に対峙(たいじ)した十段加藤一二三(81)は、持ち時間(9時間)を使い果たし、一手1分未満で指す「秒読み」に追い込まれていた。

 50秒を過ぎると、記録係は「1」から秒を数え始め、「10」と言った瞬間、時間切れで負けとなる。加藤は勝つ手が見つからず、「進退窮まる」と思いながら、もう一度盤面を凝視した。

 将棋の最高峰、名人位を争う七番勝負は4月に始まったが、決着がつかないまま真夏になった。第1局は双方の玉に詰みがなくなり、持将棋(引き分け)が成立。他に無勝負指し直しとする千日手も2回あり、3勝3敗で迎えた最終局は前代未聞の“第10局”となった。

 カトリック信者の加藤は名人戦が始まる数日前、旧約聖書をめくっていると、戦いの心構えを説いた言葉が目に入った。勇気を持て。弱気を出すな。慌てるな。落ち着け――。「私も、この心構えで決戦に臨もうと思った」と加藤は言う。

 中原は、名人位を連続9期獲得していた。ここ一番に強く、3勝3敗で迎えた最終決戦は、ほとんど負けたことがない。「加藤さんは最も闘志の湧く相手」と話していた通り、1日目の7月30日から積極的に仕掛け、大駒の角を銀と交換して駒損になるのを承知で、猛然と攻め立てた。

 2日目も中原の攻勢が続き、加藤は防戦に努める。「受けの手が効いているから、まだ勝てると思っていた」。だが、後にこの局面を研究すると、ほぼ必敗の形勢だと分かった。「人間の心理は微妙だから、負けないと思っていたことが、勝利につながったのだろう」

 福岡県生まれの加藤は早熟の天才棋士だ。小学6年の時、将棋連盟の関西本部(大阪市)で、八段の板谷四郎が飛車香を落として対局した。たまたま居合わせた後の名人升田幸三が、終局まで見届けた後、「この子、凡ならず」とつぶやいた。

 加藤は振り返る。「そうか、私には…

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