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ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

2020年は故障でわずか1試合の出場に終わった山県亮太。再起を期すシーズンとなる=東京・国立競技場で2020年8月23日、久保玲撮影

アスリート交差点2020

再現力 苦悩の日々乗り越えて=陸上・山県亮太

 例年、冬場は温暖で集中できる練習環境を求めて米フロリダ州など海外で合宿をしていましたが、今年は東京に残って練習を続けています。新型コロナウイルスの影響に加え、昨年痛めた右膝のケアを考えて治療環境の整っている東京が良いと判断しました。

     現在は順調にトレーニングできていますが、昨年は思うようにいかない時期もありました。寝付きの悪い日が増え、眠気を誘うために軽く体を動かすなど試しましたが、なかなかうまくいかないことが続きました。

     もともと、2019年の春に背中を痛めて以降、寝ている時に背中に違和感がありました。痛みはないのですが、肺に空気が入ってこないような感覚で、眠りにくいと感じていましたが、昨年10月ごろにはその症状がはっきり出るようになりました。

    2016年リオデジャネイロ五輪で、12年ロンドン五輪に続いて100メートルの自己記録を出した。五輪本番での勝負強さは山県亮太の特徴だ=リオデジャネイロの五輪スタジアムで2016年8月13日、和田大典撮影

     昨年7月以降、右膝の故障を抱えていて思うように練習できないストレスもありました。膝の状態は良くなっていましたが、同じ練習を続ければ、再び痛めてしまう可能性もありました。どのような意識で練習に臨むべきか分からなくなっていました。

     そこで、思い切って10月下旬から1カ月間、トレーニングを中断しました。練習から解放されたことで、気持ちが楽になりました。徐々に眠れるようになり、症状も落ち着きました。中断期間は今後、どのような練習をすべきなのか、頭の中を整理する時間に充てました。この2シーズンは外国選手に対抗するため筋肉を大きくした分、柔軟性が失われて体のバランスが悪くなり、背中や膝の故障につながったと自己分析しました。

     練習を再開した11月下旬以降、新しいトレーニング方法を取り入れて、体の意識や使い方を変えています。冬場でまだスピードを出していませんが、体の動きは良くなっている手応えがあります。膝に痛みもなく、ようやく方向性が見えてきました。

     20年はコロナ禍でのスポーツの価値や故障を繰り返した理由など、いろいろなことを考えて自分と向き合う1年でした。ここ2年は故障続きで満足のいく成績を残せていないので、今年こそは結果を出す年にしたいです。新型コロナの影響で今後の大会が予定通りに行われるか見通しにくいですが、感染状況を踏まえた上で出られるレースがあるのならば、積極的に出場していきます。

     今の状況で東京オリンピックが開催できるかどうか、さまざまな意見が出ていますが、世の中が落ち着くことが最優先だと考えており、新型コロナの一日も早い収束を願っています。選手に開催するか、中止するかの決定権はありません。100メートルは100分の1秒を争うシビアな世界です。今の自分にできることは、五輪が開催された時にしっかりと走れるように準備することだと思っています。(あすはバドミントン・奥原希望です)

    やまがた・りょうた

     広島市出身。2015年4月、セイコーホールディングス入社。16年リオデジャネイロ五輪400メートルリレー銀メダル。18年ジャカルタ・アジア大会100メートルは10秒00で銅メダル。28歳。