なぜラジオで「焚書坑儒」を語ったのか コロナ禍で問われる政治家の言葉=完全版
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当コラムで前回予想した通り、ラジオ番組「村上RADIO」(TOKYO FMなど全国38局)の「年越しスペシャル~牛坂21~」で、村上春樹さんは、ゲストに呼んだ前京大学長で日本学術会議前会長の山極寿一さん(霊長類学者)を相手に、2020年の学術会議問題について発言した。この生放送を聴いた人はたぶんみんな、12月31日午後11時から――NHK紅白歌合戦を途中で切り上げ――1月1日午前1時近くまでラジオにかじり付いただけのことはあった、と感じたのではないか。ちなみに、村上さんは丑(うし)年生まれの年男。「牛坂21」は21年が丑年だからで、深い意味はないそうだ。
山極さんが登場したのは、新年明けてからの番組後半。1952年生まれで村上さんより3歳下だが、まずは同世代といっていい二人は以前から親しい関係にある。山極さんはゴリラ研究の第一人者だけに、初めはゴリラの生態などに関する穏やかな(?)話題から入った。やがて群れのリーダーについて、サルが「強さ」を示して力関係で統率するのに対し、ゴリラは「人格(?)」でまとめるという違いが披露され、村上さんは「日本の政治家はゴリラの世界ではリーダーになれそうにない気がする」と述べた。その後、おもむろに「学術会議を政府はなんであんなに煙たがるんですかね?」と核心の問題に切り込んだ。
日本学術会議をめぐる問題とは
ここで、日本学術会議をめぐる問題の経緯を簡単におさらいしておこう。菅義偉政権の発足から2週間もたたない20年9月28日夜、10月1日付で学術会議の新会員に任命される学者らの名簿が、内閣府から学術会議事務局に送られた。会員210人からなる学術会議は3年に1回、半数の105人を改選し、首相が任命する。今回は2月から学術会議が手続きを踏んで選んだ候補者105人を8月末に推薦していたが、届いた名簿には99人の名前しかなかった。任命を拒否された6人は、安倍晋三前政権が重要法案とした安全保障法制などを批判していたことから、官邸による学問への人事介入として抗議の声が広がった。背景には政権が進めようとする軍事研究に対し、慎重な姿勢を取る学術会議への自民党内からの批判があったとも見られている。学術会議は2017年、防衛装備庁が新設した安全保障に関わる研究への助成制度について「政府の介入が著しい」と指摘する声明を出した。
問題発覚後、菅首相は6人の法案批判と「任命は無関係」としながら、拒否した理由に関しては「総合的、俯瞰(ふかん)的な活動を確保する観点から判断した」などと述べるだけで、具体的な説明を避け続けた。政府・自民党内では、学術会議を行政改革の対象として見直すという、問題の意図的なすり替えとしか思えない論議が起こった一方、菅首相は10月下旬の就任後初の所信表明演説で任命拒否の件には一切触れず、その後の国会審議でも「人事に関することで、答弁は差し控える」と木で鼻をくくったような発言を繰り返した。所属大学など会員構成の「多様性が大事」などとも述べたが、拒否した6人との整合性はなく、いかにも後付けの理屈で、説得力は全くなかった。
「学術会議の提言なんて聞き流せばいいじゃないですか」
そこで、村上さんの「学術会議を政府はなんであんなに煙たがるのか」という質問になる。番組で山極さんは、任命拒否を知った時「腰を抜かすほどびっくり」して、菅首相に理由を聞いたが、「理由は言えない」との答えだったという経緯を話した。首相の対応を村上さんは「変わってますよね」と評し、それを受けて山極さんは述べた。
「問答無用だというわけです。これが民主主義国家かと思いましたよ。それはさっき言ったサルの政治になっている。(中略)もう少しゴリラを見習えば、もっと平和な政治になると言いたい」
音楽番組の中でのトークであり、ユーモアを交えてはいるが、山極さんの語調は険しいものを含んでいた。やり取りはこう続いた(適宜省略して一部を記す。なお、筆者が放送の録音から起こしたもので、番組ホームページに掲載されている公式記録とは言い回しに若干の相違がある)。
村上さん「政府は、学術会議の提言なんて聞き流せばいいじゃないですか」
山極さん「そう。政治家と学者の役割は違う。学者はきちんと自分の専門領域にしたがって提言を出す。政治家はそれを聞いて、政治に生かすか、生かさないかは彼らの判断次第なんです。学者なんて恐るるに足らんのだから」
村上さん「古来、多くの為政者は気に入らない意見を言う人をいじめていますよね。スターリン、ヒトラー、秦の始皇帝……」
山極さん「独裁者でしょ。やはり今の民主主義はいい政治システムなんです。だから、守らなくちゃいけない」
村上さん「秦の始皇帝は焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)というのをやりました。書物を焼き、土に学者を埋めてしまう」
山…
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筆者
大井浩一
1987年入社。東京学芸部編集委員。1996年から東京と大阪の学芸部で主に文芸・論壇を担当。村上春樹さんの取材は97年から続けている。著書に「批評の熱度 体験的吉本隆明論」(勁草書房)、共編書に「2100年へのパラダイム・シフト」(作品社)などがある。