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サッカーができなくなっても、私がクラブで働く理由。竹村美咲(INAC神戸)

情報提供アズリーナ

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女子サッカーチーム・INAC神戸でクラブスタッフとして働く竹村美咲(たけむら・みさき)さん。11回にも及ぶ膝の手術を経験し選手としてサッカーができなくなったあと、クラブスタッフになることを決断。選手経験のあるフロントとして、彼女が担いたい役割とは何なのでしょうか。選手時代の経験やクラブスタッフになるまでの経緯、選手からフロントになって感じることをお聞きしました。

(取材日:2020年11月2日 聞き手:竹中玲央奈)

 

高校2年間の苦しみと、最後に掴んだ全国制覇

物心ついた頃から父と兄の影響でサッカーを始め、高校生になるまでは地元の少年団と女子チームの両方でプレーしていました。中学3年生の時に新たな地でサッカーがしたいと思い、関西の強豪校・日ノ本学園を志願し、受け入れてもらえることができました。

 

晴れて高校サッカーが幕を明けた1ヶ月後に、一度目の前十字靭帯断裂。練習試合で、後方からスライディングを受け、足を挟まれた時に変な方向に捻ってしまいました。

最初は「前十字靭帯断裂」という意味もよくわかっていなかったです。手術が必要な怪我だと言われて、とにかく「リハビリを頑張ろうか」くらいの気持ちでした。最初の1年間はできないけど、2年間は残る。1回目は、まだ自分の中でも余裕がありました。

高校1年生の3月に復帰して、その3ヶ月後に逆足で二度目を経験しました。練習中に踏ん張ろうとしたら、急に力が抜けてしまって。1回目の時ほど激しい接触があったわけでもなく、捻ってもいなかったので切れてはいないだろうと思っていました。

次の日に病院で再び「前十字靭帯断裂」という診断を受けた時、診察室で涙をこらえるのに必死でした。診察室を出て、泣き崩れたことを覚えています。1回目よりもダメージがかなり大きかったですし、絶望感も感じていました。それでも、最後はチームのみんなとサッカーがしたかったので、辞める選択肢はなかったですね。復帰したらまだあと1年あると言い聞かせて、粘りました。

 

高校生活最後の1年、ようやくピッチに立つことができました。復帰直後は、自分の思うように体が動かなかったり、想像とは異なる他の選手の速さや重さ、上手さを感じたりすることも多かったです。また切ってしまうのではないかという怖さもありました。一方でプラスなこともあって、怪我をする前と比べて無理に自分の足を出すことができなくなったので、常にひとつ先のことを早く予測してプレーできるようになりました。

徐々についていけるようになって、もうやるしかない、と。3年生になってキャプテンが怪我をして、副キャプテンだった私がキャプテンになったこともあって、自分がやらないといけないという気持ちが強かったですね。最後の全日本高等学校女子サッカー選手権大会では優勝することができて、本当に嬉しかったです。2年間の苦しみが報われた気がしました。

 

手術は合計11回。選手4年目で告げられた「現役引退」

高校卒業後、INAC神戸に選手として入団しました。2年目までは、痛めては少し休んで復帰して、の繰り返しでした。2年目の2月頃、練習試合で捻った感覚があったので検査を受けましたが、何もないと言われて。痛みや違和感はあったけど、一番年下で休めないという気持ちと、休みたくないという気持ちが混ざったまま、しばらくプレーを続けました。

でも半年くらいして、限界がきてしまったんです。膝から腰を痛めてしまい、走れなくなりました。そこで初めて自分から膝の精密検査を受けたいと伝えました。精密検査の結果、両膝とも前十字靭帯が機能していない状態だ、と。痛かった自分の感覚は合っていたんだと納得して、再び手術することにしました。

右足、左足と手術をしましたが、その際に内視鏡の手術など細かな手術を伴う必要があったので、合計で11回くらい手術をしましたね。

 

選手3年目で4度目の前十字靭帯再建の手術が終わった時に、選手契約を更新できないという話をされました。声をかけていただいたチームもありましたが、自分が復帰できるかすらわからない状態で、他のチームに行っても自分がそのチームに貢献できることはないと思いました。

なので4年目はリハビリに専念することに。チームには所属せず、INAC神戸が繋がっているところでお仕事をさせていただく形をとりました。順調にリハビリが進んでボールが蹴れるようになってきたくらいで、膝が緩くなっている感じがして、検査をしたら前十字靭帯が半分切れていました。先生からは、「もうトップレベルではサッカーができないし、サッカーをしないで欲しい」と。

引退するしかないとはわかっていても、まだまだサッカーをしたいという気持ちが強かったので、3ヶ月ほど悩んだ末に引退を決めました。なかなか受け入れられなくて。何か策はないのだろうかと、ずっと考えましたね。

初めて見た裏方の世界。フロントと選手の架け橋に

クラブの裏側の仕事に初めて触れたのは、無所属の1年でホームゲームやイベントを手伝った時でした。やっている中で、試合ができているのは、裏方で動いてくれている人たちがいるからこそなんだと身をもって気づいたんです。試合当日の運営を手伝うスタッフはもちろん、スポンサー企業など多くの支えがあってこそ試合は成立しているんだと。

「こういう世界があるんだ」と、衝撃を覚えました。選手時代はサッカーをすることに必死で、知ろうともしていませんでした。もちろん感謝はしていましたが、具体的な仕事については全然わかっていなかったです。

サッカーを辞めて、これからどうやって生きていくのかを考えた時、「お世話になったチームに対して恩返しがしたい」とはずっと思っていました。選手としては恩返しができなくても、違う立場からサッカー界に恩返しできることがあるのではないかと、裏方の仕事に触れて感じました。

 

あとは、「自分がサッカーができない」という現実を受け入れたくて、クラブスタッフという道を選んだのもあります。むしろ、これが一番の理由かもしれません。これまで一緒にサッカーをしてきた人たちが目の前でプレーしているのを見るのは辛い。でも今ここで逃げてしまうと、サッカーに対して嫌な気持ちが残ってしまうと思ったんです。しっかりサッカーと、そして自分と向き合える場所はクラブしかないと決意し、クラブスタッフの道を選びました。

 

選手経験のあるスタッフとして、クラブのさまざまな裏側について選手に伝えることがひとつの役目だと思っています。

INAC神戸は日本の女子サッカー界の中でもかなり恵まれた環境です。それでも選手側はこの環境が当たり前になっていたり、もっと上を要求したりします。フロントがどれくらい動いてくれていて、どれだけのお金がかかって今の環境が実現しているのか、選手はなかなか知る機会がありません。

選手側が感じることと、フロントが感じることでは、違うものが多いんです。目の前の具体的な目標が違うので、当たり前かなと。でもどこかで両者が一緒にならないと、チームとして前に進んでいかないと思うんです。どちらかだけが単体で良くてもいけない。お互いを知って、近しい関係性を築くことができれば、クラブとしてもっと成長できると感じています。

どんな時も、フロント側の意見を伝えつつ、選手を第一に考えて話すようにしています。選手がいてこそのチームなので、選手がサッカーに専念できるように、というのは大切にしたいです。でも選手側からも興味をもってもらわないと、聞き入れてもらえません。一方通行なコミュニケーションにならないように、うまく架け橋になって、私が伝えられることを伝えていきたいですね。

目標は、「選手ではない自分」を受け入れること

スタッフになって、チームの勝利に対して純粋に嬉しいと思えるようになったのも、最近のことです。まだまだ自分がプレーしたかった気持ちは大きいので、チームが勝っても悔しさ、やるせなさは感じます。でも仕事自体に対して、面白いとも楽しいとも思うし、ファンの人たちの喜んでいる姿を見たり、自分が運営に携わって試合に勝てたときはすごく嬉しいです。

女子サッカーの魅力は、女性ならではの“かっこよさ”だと思っています。女性だからこそできる丁寧で繊細なプレー、サッカー特有の激しさやスピード感。男子サッカーの激しさとは異なる良さがあるんです。

今のなでしこリーグのファン層では、アイドル的な目線がまだまだ多く、30代〜40代の男性の方が多くなっています。もっと同世代の女子にとってかっこいい、憧れの存在となって、見てもらいたいですね。「普段は普通の女子だけど、サッカーをすると変わるね」と。

 

選手としてのサッカー人生を諦めることに対して、完全に切り替えることができたわけではありません。選手に戻れる可能性があるのなら、今すぐ仕事をおいてリハビリに専念したいくらい、サッカーがしたい気持ちは変わりません。

なので、クラブスタッフとしての大きな目標はまだ持てていません。目の前の、自分ができることをひとつひとつ積み重ねていきたいと思っています。しいて言うなら、自分がサッカー選手ではない現実を受け入れることが、ひとつの目標かもしれないですね。

あとは先ほども話したように、選手としての経験を活かして、うまく現場とフロントをつなげられる人でありたいです。来年2021年度から国内女子サッカープロリーグ「WEリーグ」も立ち上がりますし、一人でも多くの方に女子サッカーの魅力を伝えられるようにひとつずつ、向き合っていこうと思います。

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