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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

オペラ評論家の香原斗志さんが、往年の名歌手から現在活躍する気鋭の若手までイタリアのオペラ歌手を毎回1人取り上げ、魅力をつづります。

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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

<第12回> プリティ・イェンデ

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2018年のロッシーニ・オペラ・フェスティバルで「リッチャルドとゾライデ」のゾライデ役を務めた際のイェンデ (C) Amati Bacciardi
2018年のロッシーニ・オペラ・フェスティバルで「リッチャルドとゾライデ」のゾライデ役を務めた際のイェンデ (C) Amati Bacciardi

輝かしい声で磨き抜かれた歌を聴かせる「ソプラノの一流アスリート」

 1985年3月生まれだから30代半ば。新星と呼ぶのは失礼かもしれないが、ソプラノの新星はだれかと問われたとき、私はプリティ・イェンデの名を外すことができない。すでにMETライブビューイングにも、ドニゼッティの「愛の妙薬」や「連隊の娘」で登場しているから、声が耳に残っている人もいることだろう。

 私はヨーロッパで何度か聴いているが、そのたびに受ける印象は、単に強いといった程度のものではない。常に圧倒的である。なかでも強い衝撃がいまも残っているのは、ひとつは2016年6月、チューリッヒ歌劇場で観(み)たベッリーニ「清教徒」のエルヴィーラだ。その声は第一声から豊かだった。元来の持ち声は筋肉質で、輝かしさの一端は金属的でもある。だが、持ち声のそうした強みを維持したままやわらかく使って、表現を繊細といえるまでにすみずみまで行き渡らせる。高難度の装飾歌唱の精度も高く、そこに心の機微を乗せる。さらには高音にまったくストレスがない。しかし、一番驚かされたのは、いま記したような表現の起伏を、音質も響きの水準もほとんど変えずにこなしたことだった。

 アパルトヘイト(人種隔離政策)が撤廃される前の南アフリカに生まれたイェンデは、白人の文化に挑んで完璧に勝利した。2011年にプラシド・ドミンゴ主催の「オペラリア」で優勝し、ラトヴィアのリガで「カルメン」のミカエラを歌って以降、ミラノ・スカラ座やニューヨークのMET、英ロイヤル・オペラ・ハウスやパリ・オペラ座などの一流歌劇場からオファーが殺到するスターの座に、一気に上り詰めた。そのわけはイェンデの歌を生で聴けば、即座に得心できるはずである。

 2018年8月には、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルで上演された「リッチャルドとゾライデ」のゾライデ役で、フアン・ディエゴ・フローレスと共演した。あらためて感じたのは、一流アスリートのすぐれた身体能力にも似た声力と、それを最大限に生かせる並外れたテクニックだった。ロッシーニのオペラ・セリアならではの歌手泣かせのアジリタの連続も、イェンデにとっては少しも苦にならない。そして、ところどころに響きの純度が高いアクートを付加し、聴き手を悦楽の境地に誘うのだ。加えれば、彼女のイタリア語の発音には、英語圏出身の黒人歌手によくあった英語なまりもほとんど感じられない。

 強いて欠点を挙げるなら、声があと少し湿度を帯びたほうが叙情表現の厚みを増す、と感じられることぐらいだろうか。もちろん、それは不満ではない。あらゆる音域にわたって均質に響くイェンデの輝かしい声のシャワーを浴びる喜びの前に、そんな要求はたいして意味をもたない。新型コロナウイルス感染症が収束したら、ぜひ来日してほしい。できれば「新星」であるうちに。近く、高根の花になるのは間違いないだろうから。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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