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核兵器禁止条約と日本 被爆者の思い継ぐ関与を

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 核兵器を全面的に違法とする核兵器禁止条約が発効した。この日にあたって忘れてならないのは、核兵器の災禍を国際社会に訴えてきた被爆者の活動だ。

 森重昭(しげあき)さんが広島で被爆したのは8歳のときだ。悲惨な体験を引きずりながら時が過ぎ、米兵にも犠牲者がいたことを知る。40歳に近づくころだった。

 証言を聞き取り、資料を読んで米兵12人の名前を割り出した。遺族を捜し当てる苦労もいとわなかった。「原爆の犠牲者に国籍は関係ない」という思いからだ。

 平和を願うひたむきな姿勢が米国との絆を深め、5年前に広島を訪れた当時のオバマ大統領との抱擁につながる。83歳の今も被爆死した捕虜の調査を続けている。

 核禁止条約が採択された翌年の2018年、国連でこう語った。「米国は持っている素晴らしい技術を人殺しではなく、平和のために使ってほしい」と。

オブザーバー参加必要

 この発言を日本政府はどう受け止めただろう。核保有国と非核保有国の「橋渡し役」を自任しながら具体的な成果を出していない。

 唯一の戦争被爆国として核兵器廃絶決議案を毎年、国連に提出する一方で、条約については米国の「核の傘」に頼っていることを理由に署名しない。

 核廃絶の理念は同じだと強調しつつ、「アプローチが異なる」と一蹴する。米国の顔色をうかがい、核軍縮に取り組むよう説得しようとしない。

 これでは「橋渡し役」は果たせまい。行き詰まった戦略をどう転換するか。

 中国や北朝鮮など東アジアの厳しい安全保障環境を踏まえ、核抑止力の強化が必要だという議論がある。だが、緊張が高まる今だからこそ、核兵器への依存度を減らすべきではないか。でなければ危険度は増すばかりだ。

 条約発効を機に、「核なき世界」に向かう道を改めて探らなければならない。

 まずは、条約の締約国会議にオブザーバーで参加することを検討すべきだ。傍聴だけか、発言権が与えられるかは、今後1年以内に開催される締約国会議で決まる。

 日本が参加するメリットは大きい。戦争被爆国としての道義的責任を果たすことができる。米国の他の同盟国にも参加の道を開くことになるだろう。

 条約の実施状況や核廃絶までのロードマップなどをめぐる議論にも参画できる。核抑止力に代わる安全保障のあり方も議論されよう。日本にとっても重大な課題だ。

 意見表明が認められるなら、原爆被害の状況を訴えることもできる。76年後の今も被爆者は13万人以上おり、後遺症に悩んでいる。

 原爆投下に伴う放射線の人体への影響はすべて解明されたわけではない。深刻な被害が長期化する実態を提起する場になるはずだ。

 オブザーバー参加を求める与党の公明党は将来的な批准も視野に入れる。そのためには、より多くの国々が集結できる環境づくりが必要となる。

米の政権交代を好機に

 日本が果たすべき役割は多い。8月には、新型コロナウイルス感染拡大で延期されていた核拡散防止条約(NPT)の再検討会議が開かれる。

 NPTの無期限延長を決めた1995年の会議では核保有国が核実験全面禁止条約(CTBT)の制定を約束した。だが、米国などは批准しておらず、いまだ発効に至っていない。

 前回会議では、中東非核地帯構想をめぐる対立から最終文書が採択されなかった。米国などが強く抵抗したためだ。非核地帯が増えれば、それだけ核拡散の余地が狭まる。こうした取り組みを日本は積極的に後押しすべきだ。

 北朝鮮の核開発などアジアの安全保障環境の改善に向けて汗をかかなければならない。中国との信頼醸成を進め、緊張状態を緩和する努力も不可欠だ。

 核廃絶のカギを握るのは、核兵器の9割を保有する米露だ。両国は2月5日に期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)の延長に合意する必要がある。

 バイデン米大統領は核兵器の先制不使用を支持してきた。ハリス副大統領も上院議員時代に軍拡競争阻止の法案を提案している。

 核軍拡を推進したトランプ前政権からの交代を好機とし、核軍縮路線に転換するよう、米国への働きかけを強めるべきだ。

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