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ハンク・アーロンさん死去 「世界の王」と固い絆 日米本塁打競い

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米サンディエゴで2006年、ワールド・ベースボール・クラシック日本代表の王貞治監督(左)と握手するハンク・アーロンさん=MLB提供・ゲッティ共同
米サンディエゴで2006年、ワールド・ベースボール・クラシック日本代表の王貞治監督(左)と握手するハンク・アーロンさん=MLB提供・ゲッティ共同

 米大リーグ、ブレーブスなどで歴代2位の通算755本塁打を放ち、22日に86歳で死去したハンク・アーロンさんは日本球界との縁も深かった。特に、日本のプロ野球で世界最多の通算868本塁打を記録した王貞治さん(現ソフトバンク球団会長)とは固い絆で結ばれていた。

 初対面は1967年3月11日、米フロリダ州ベロビーチでのドジャースとブレーブスのオープン戦。現地で春季キャンプ中だった当時巨人の王さんがドジャースの一員として試合に出場した。ただ、この時、互いの印象は薄かったという。その7年後、東京・後楽園球場で本塁打競争をした時、初めて言葉を交わし、ともに「親しみやすい」と好感を持ったのが、親交を深めるきっかけだった。

 77年9月3日は2人にとって忘れられない日となる。王さんが通算756号をマークし、アーロンさんが「世界の本塁打王」の座を奪われた日だ。その時の心境をアーロンさんに尋ねると、意外な答えが返ってきた。「私と王さんの間柄で、記録を抜かれたことなんか関係ない。私は幸運にも米国大統領や副大統領など多くの人に出会ってきたが、王さんのように尊敬されている人に会ったことがない」

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