高島屋/13 人脈から生まれた新規事業=広岩近広

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 「民芸」について、広辞苑のデジタル版は<庶民の生活の中から生まれた、郷土的な工芸。実用性と素朴な美とが愛好される>と説明している。大正期の宗教哲学者で、近代美術に精通した柳宗悦(むねよし)の造語という。

 柳は、関東大震災(1923年9月)を経て、京都に移住した。2年後、盟友の陶芸家、河井寛次郎と浜田庄司の3人で、紀州路の旅に出る。道中で柳は「我々の目指すのは民衆的工芸品、すなわち民芸である」と切り出す。2人の支持を得て、「民芸」の造語が生まれた。民芸運動の始まりだった。

 当時、高島屋の宣伝部長だった川勝堅一は、河井と親交を結んでいた縁で、民芸運動の仲間たちと知り合う。社史は次のように書き留めている。

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