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謎の「公文書販売サイト」を追え 記者が行き着いた「ジャーナリズムとは」の問い

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「Gov-gence」を名乗る団体がウェブサイト上で販売していたデジタル庁設置法案、デジタル社会形成基本法案などの文書=2021年1月28日
「Gov-gence」を名乗る団体がウェブサイト上で販売していたデジタル庁設置法案、デジタル社会形成基本法案などの文書=2021年1月28日

 「デジタル庁関連法案文書がネット上で売買されている」。そんな情報がある日、記者の元に寄せられた。調べてみると、匿名の「ジャーナリストグループ」を名乗る団体が、「独自入手」などとして、法案文書や防衛省の資料などを有料で販売していた。一体だれが、何のために……? 取材依頼のメールを送った直後、匿名サイトは、たちまち消えてしまった。しかし、取材を進めるうち考えさせられたのは、私たちメディアの在り方だった。【上東麻子/統合デジタル取材センター】

匿名集団が政府の法案資料をサイトで販売

 「政府が自民党にのみ配布している資料が、ネットに流出し、しかも販売されている」。そんな情報が取材先から寄せられたのは1月21日。そのサイトを開くと、「Gov-gence」と名乗る団体が、ウェブサービス「note」上で、複数の記事をアップしていた。団体の紹介文にはこうある。

 <本誌では大手報道機関の政治、経済、社会各部で豊富な取材経験を持つジャーナリストグループが独自の情報源に基づき、徹底的な実務視点に立った政策関連情報をリポートします。政策動向、国会情勢、政局情報に加え、【★独自入手】した未公開資料も配信します★事業への皆様のサポートをお願いします★>

 「ジャーナリストグループ」とはあるものの、代表者名や組織の所在地などは記されておらず、匿名の集団だ。もしや日本版ウィキリークスかスノーデンか?

 記事をたどっていくと、最初の投稿は昨年8月、安倍晋三前首相の入院などを踏まえ今後の政権見通しなどについて論評した記事が投稿されている。時折こうした記事の他、公文書や与党の文書などが有料でダウンロードできる仕組みになっていた。最初に指摘があったデジタル庁関連の文書は、「【資料全文】デジタル社会形成基本法案、デジタル庁設置法案の全文入手」との見出しで1月19日午後9時54分にアップされている。「政府が通常国会に提出予定のデジタル社会形成基本法、デジタル庁設置法案の要綱、新旧対照表、参照条文がそれぞれ判明した」などとする短い記事があり、「ここから先は有料部分」となっている。値段は300円。

 300円とはいえ、このようなサイトにお金を払うのはいかがなものか。しかし真偽の確認は必要だ。仕方なく会社のクレジットカードで決済すると、政府が作成したとおぼしき二つの法案の説明資料、要綱、参照条文、新旧対照表といういわゆる「4点セット」と「自民党第一次提言と法案の関係」という資料計9個がダウンロードできた。資料は全部で約400枚。ある筋を通じて確認し、いずれの資料も本物らしいことがわかった。

 自民党本部によると、19日午後4時からデジタル社会推進本部などの会議があり、その場で内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室から4点セットが示されたというが、サイトで売買されていたことや文書の真偽、出所については「知らない」という。総合戦略室によると、資料は自民党側に暗号化したメールで電子データとして送付した。担当者は「真偽をいちいち確認するつもりはないが、出るべきでないものが有料で出ているのは遺憾。対応は検討する」という。

資料の価値はいかほどか

 サイト内の他の記事も見てみよう。

 昨年12月10日には、「【★全文★】自民、税制改正大綱案を了承 与党で午後正式決定」との見出しで、同日午前中に開かれた自民党税制調査小委員会が2021年度税制改正大綱案を了承したことや、簡単な税制改正のポイントを記した記事とともに、「令和3年度税制改正大綱(案)」が500円で販売されていた。これも別途入手した資料と突き合わせると、本物のようだ。

 昨年9月には防衛省の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画の停止についての報告書などが100円で売られていた。ダウンロードした資料の右上には赤字で「お願い 防衛大臣記者会見(1100メド)まで公表しないでください」と書かれている。このほか有料記事21本をまとめて読める900円の「お得」なプランもある。扱う内容は内閣官房、厚生労働省、中小企業(庁)、医療など幅広い。

 資料の価値を整理してみよう。デジタル庁関連法案文書は、与党による法案審査を経て、予定では2月9日に閣議決定し、その後、国会に提案することになっている。上程された法案は原則翌日、衆議院のホームページ上で公開される。税制改正大綱は、匿名サイトが記事をアップした日の午後、自民・公明両党で了承され両党のホームページに掲載されたという。防衛省の書類も匿名サイトと同日にアップされたものだ。

 つまり、デジタル庁関連法案文書以外は、公開ほんの少し前にアップされたもので、資料価値がさほど高いとは言えない。それを【★独自入手】とアピールしているところに、なんだか山っ気を感じてしまう。

 文書の貴重さ、社会的意義から考えると、米軍による人権侵害を告発する内容などの重要機密を無料で公開したウィキリークスや、米国民や他国要人のプライバシーが国によって監視されていることを告発した元米中央情報局(CIA)職員のスノーデン氏とは比べものにならない。

頭をよぎる「身内犯行説」

 文書は一体だれが手に入れ、売り出したのだろうか。いずれも自民党、デジタル庁、防衛省の担当記者なら入手できそうな資料ばかりだ。「大手報道機関で豊富な取材経験を持つ」との紹介文からも、「身内犯行説」が頭をよぎる。しかし、もし現役記者が小遣い稼ぎのためにやっていたとしたら目的外使用ではないか。取材で得た情報は報道目的以外で利用しないというジャーナリズムの鉄則に触れるし、そもそも記者個人の心情として嫌悪感を抑えられない。大手メディアのOBか、いや与党に近い関係者かも……。

 公表前の資料を入手して記事を書くのは記者…

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