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第94回センバツ高校野球

第94回選抜高校野球大会の特集サイトです。阪神甲子園球場での熱戦全31試合をLIVE配信します。

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第93回選抜高校野球 逆境力に、球児の春 2年分の夢咲かす

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センバツ出場が決まり、喜ぶ鳥取城北の選手たち=鳥取市で2021年1月29日午後4時47分、北村隆夫撮影 拡大
センバツ出場が決まり、喜ぶ鳥取城北の選手たち=鳥取市で2021年1月29日午後4時47分、北村隆夫撮影

 <2021 第93回センバツ高校野球>

 今年こそ夢舞台へ――。29日開かれた第93回選抜高校野球大会の選考委員会で、32校の出場が決まった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で前回大会が中止となった2年ぶりの「春」。コロナ禍を乗り越えて切符をつかんだ選手たちは、春夏の甲子園大会を奪われた先輩たちの思いも背負い、静かに闘志を湧き上がらせた。大会は3月19日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開幕する。

鳥取城北・明徳義塾 先輩の分まで

 2年連続3回目の選出となった鳥取城北。打線の中軸を担う畑中未来翔(みくと)主将(2年)は「昨年のセンバツ中止で悔しい思いをした先輩の分まで頑張って日本一に」と力を込めた。

 畑中主将は旧チームでは唯一、下級生としてベンチ入り。不動の1番打者として強力打線を引っ張ってきた。昨年8月のセンバツ交流試合の前には、山木博之監督が3年生だけで戦うかどうかを選手たちに決めさせた。アンケートを取ったところ3年生のほぼ全員が「ベンチ入りできる3年生を減らしてでも、勝つために畑中が必要」などと回答。おかげで甲子園の舞台に立ち、3安打して期待に応えた。

 1試合だけの甲子園が終わった直後、4番打者だった吉田貫汰(かんた)前主将(3年)らから「絶対にセンバツに行けよ」と激励され、バットなどを譲られた。センバツと夏の選手権がいずれも中止になり、無念の涙を流した先輩たちの思いが詰まったバットだけに、畑中主将は懸命に振り込んでスイングの速さや精度を磨いた。秋の公式戦では2本塁打し、中国大会4強の原動力となった。

 センバツ切符が届いた29日、畑中主将は「甲子園では自分たちの成長した姿を見せたい」と、厳しくも優しかった先輩たちに恩返しすると誓った。

 引退後も現役選手と練習に励み、後輩たちのセンバツ出場を後押しした3年生もいる。明徳義塾(高知)の昨夏までのエース・新地智也(しんちともや)投手と、4番を務めた新沢颯真(しんざわそうま)選手もその一人。新型コロナの影響で進学内定先での練習ができず、学校に戻ってきた。

 明徳義塾ではほとんどの選手たちが引退後も進学先や就職先で野球を続ける。だが、今の3年生は昨年出場が決まっていたセンバツも、夏の甲子園も中止となる悲運に見舞われた。それでも将来を見据えて練習に取り組む姿を後輩たちは心に刻んできた。

 昨年の秋季四国大会決勝で勝ち越し打を放った4番の森松幸亮(もりまつこうすけ)選手(2年)は打撃のスランプに苦しんでいた。県予選の決勝から四国大会準決勝までの4試合でヒットはわずか1本。思い通りにいかず悩む中で頭に浮かんだのは3年生の姿だった。「甲子園が中止になっても次のステップのために練習していた。しんどくなったときも3年生のことを思うと耐えられた」

 センバツ出場が決まった29日、3年生2人もグラウンドに姿を見せ、選手らをサポートした。新沢選手は「甲子園は小さいときから憧れた夢の舞台で素晴らしい場所。一戦必勝で頑張ってほしい」と後輩を激励。新地投手も「自分たちのときは大会がなくなって悔しかった分、代木(大和投手・2年)が良いピッチングをしてくれたらうれしい」と新エースへ思いを託した。【野原寛史、北村栞】

スマートフォンに保存した自主練習の動画を確認する東播磨の上野耕平選手=兵庫県稲美町の県立東播磨高校で2021年1月19日午後5時49分、後藤奈緒撮影 拡大
スマートフォンに保存した自主練習の動画を確認する東播磨の上野耕平選手=兵庫県稲美町の県立東播磨高校で2021年1月19日午後5時49分、後藤奈緒撮影

練習「共有」ナイン一体 東播磨

 21世紀枠で選ばれた東播磨(兵庫)は、新型コロナウイルスの影響で全体練習ができない時期も、指導者と選手がSNS(ネット交流サービス)などを活用した新しい練習スタイルで一体感を高めたことが評価された。

 政府の緊急事態宣言発令で休校延長が決まった翌日の2020年4月8日。福村順一監督は、無料通信アプリ「LINE」で、指導者と部員48人のグループトークルームを設けた。「全体練習はできないが、時間は止まらない。野球をする方法はないか」と考えたからだ。ほぼ毎日、自宅での練習メニューを発信。基本の練習メニューを自らやってみせた動画を50本以上つくり、共有した。質疑応答もSNS経由。意思疎通を密にすることで「やる気を維持してほしい」と願っていた。

 他にも、ビデオ会議システム「Zoom」で画面越しに個別指導し、睡眠や勉強時間、練習日誌を書き込むアプリで、毎日の体調や悩みを把握。込み入った話を聞く際は電話といったように、あらゆる通信手段を駆使した。上野耕平選手(2年)は「ネット経由で仲間の様子が分かり、自主練習に身が入った」と振り返る。動画はスマートフォンに保存し、繰り返し確認しているという。

 学校再開後も、ミーティングが長引きそうな時は文書で発信し、体を動かす練習に時間を割く。福村監督は「スタンドにいる選手も含め、チーム一体となって試合に臨む」と意気込んだ。【後藤奈緒】

センバツ出場が決まり、ガッツポーズをする京都国際の選手たち=京都市東山区で2021年1月29日午後4時33分、山崎一輝撮影 拡大
センバツ出場が決まり、ガッツポーズをする京都国際の選手たち=京都市東山区で2021年1月29日午後4時33分、山崎一輝撮影

小さな学校、大きな誉れ 京都国際「全力で」

 春夏通じて初の甲子園出場が決まった京都国際。山に囲まれた校舎は敷地が狭く、受け入れられる生徒数には限りがあるため、全校生徒は131人と少ない。しかし、硬式野球部員は40人おり全校生徒の約3割が所属する。

 1947年に京都朝鮮中として創立され、58年に京都韓国中へ改名。2004年に学校教育法1条が定める「学校」として認可を受け、現在の校名に変わった。

 野球部は1999年に創部。初の公式戦は京都成章に0―34と記録的な大敗を喫したものの、20年余りが過ぎ、2019年夏の京都府大会で準優勝、20年秋は近畿大会で4強入りするなど着実に力を付けてきた。卒業生の中には広島・曽根海成選手、日本ハム・上野響平選手らプロ野球で活躍する選手も生まれている。京都国際が苦汁をなめたデビュー戦で、対戦した京都成章の選手として出場した小牧憲継監督(37)は「とにかく弱く、打てば安打になる。しかし、一生懸命なチームだなと思った」と振り返る。

 山間の小さい学校はグラウンドも右翼約66メートル、左翼約70メートルと小さめだ。その分、ほぼ全員が寮で共同生活を送るなど部員同士の結束力は強く、山口吟太主将(2年)は「全力プレーでは他のチームに負けない。自分たちらしい全員野球をしたい」と意気込んだ。【中島怜子】

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