沖縄・浦添市長選 争点の那覇軍港は遊休化? 議論の前提、謎のまま

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米軍那覇港湾施設(那覇軍港)=那覇市で2020年10月27日、本社機「希望」から
米軍那覇港湾施設(那覇軍港)=那覇市で2020年10月27日、本社機「希望」から

 政府・与党が支援する現職と玉城(たまき)デニー知事を支える「オール沖縄」勢力が推す新人の一騎打ちとなり、7日に投開票される沖縄県浦添(うらそえ)市長選。最大の争点は米軍那覇港湾施設(那覇軍港、那覇市)の浦添市への移設の是非だが、実は米軍が那覇軍港をどの程度使用しているかさえ明らかになっていない。実態は「遊休化」しているのであれば、そもそも軍港移設は不要ではないのか――。そんな疑念も浮かぶ中、議論の前提となる事実が隠されたまま選挙戦が進む。

60年代には原子力潜水艦や軍艦も寄港

 プロ野球公式戦が行われる沖縄セルラースタジアム那覇から国道を挟んで向かい側にある那覇軍港。フェンスで仕切られた岸壁沿いの約56ヘクタールの土地にはいくつかの低層の建物があるが、大半はコンクリートの地面が広がる。太平洋戦争末期の1945年、沖縄戦で沖縄本島を制圧した米軍は市街地だったこの土地を占領し、港湾として整備した。

 軍港が活発に使われたのは60年代のベトナム戦争の頃だ。「大きな米軍船舶が頻繁に出入りし、壊れたトラックや戦車が船から下ろされていた。軍事物資が野積みにされ、フェンスの外では反戦を訴える労働組合ののぼりが立ち並んでいた」。軍港内に土地を持つ上原一夫さん(79)は当時の様子を振り返る。那覇軍港は戦地との間を行き来する車両や物資の積み下ろし拠点として使われ、原子力潜水艦や軍艦も寄港した。

 その後はどうか。県には…

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