ミヤコ蝶々ら活躍 道頓堀・中座跡地の劇場が存続危機 「芝居の灯」絶やさぬ覚悟

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「道頓堀ZAZA」で上演された劇団雪月花の公演=大阪市中央区で2020年11月16日、菱田諭士撮影
「道頓堀ZAZA」で上演された劇団雪月花の公演=大阪市中央区で2020年11月16日、菱田諭士撮影

 江戸時代以来、歌舞伎や人形浄瑠璃が演じられ、戦後も上方喜劇スターを輩出した大阪・道頓堀。かつての大劇場「浪花五座」の一つ、中座(なかざ)の跡地にある劇場「道頓堀ZAZA」(大阪市中央区)が、新型コロナウイルス禍の中で存続の危機にある。緊急事態宣言が続く厳しい状況だが、自身も役者として中座の舞台を志した運営会社代表、吉元常洋さん(62)は「『芝居の街』のDNAを後世に伝えたい」と歯を食いしばる。

 中座の歴史は、当初三つあった大芝居小屋の真ん中にあり「中の芝居」と呼ばれた17世紀にさかのぼる。火災や戦災に見舞われても再建され、戦後は松竹新喜劇の本拠地として、渋谷天外、NHK連続テレビ小説「おちょやん」のモデル・浪花千栄子、藤山寛美、ミヤコ蝶々らが活躍した。1999年に閉館したが、跡地の商業ビルの地下に2010年、道頓堀ZAZAがオープンした。

 「かなり厳しい状況。このままでは夏には閉めるかもしれない」。吉元さんは率直に語る。

 開館以来、演劇やお笑いライブなどを上演。若手の腕試しの場でもあり、人気お笑いコンビ「ミルクボーイ」らも舞台に立った。当初は2ホール計230席だったが、訪日外国人向けミュージカルを行うため18年には更に1ホール100席を増床。ピークの19年には1日に延べ約500人が入場した。

 しかし、新型コロナウイルス禍が直撃。外国人は姿を消し、公演は相次いで中止や規模縮小に追い込まれた。20年8月にホールの一つを閉鎖。なじみの落語家や役者らのつてで何とか公演を続けるが、観客が数人という日も少なくない。

 それでも吉元さんは「求める人がいる限り、舞台を提供するのが劇場の役目」との思いで、さまざまな企画を打ってきた。その一つが大衆演劇。根強いファンに期待できる一方、都心での公演は劇団にもメリットがあると考え、11~12月に2劇団が舞台に立った。出演した「劇団雪月花」の桜川翔座長は「今は公演ができるだけでもうれしい。全国的にも有名な道頓堀で演じられて光栄」と話す。

 吉元さんは中座に育てられた。19歳でミヤコ蝶々に師事し、役者の夢を追った。「芝居は中座、演芸は角座。みんな道頓堀の舞台を目指していた」と振り返る。「蝶々先生の初演はいつも中座。巡業に出る時には町の人が『早く帰ってきてね』と声をかけていた」と懐かしむ吉元さん。晩年まで「お金があったら中座を買い取りたい」と話し、00年に80歳で生涯を閉じた師匠の思いも受け継ぐ。

 緊急事態宣言で、道頓堀かいわいも閑散としている。「何とか続ける気持ちだった出演者も(コロナ禍が)あまりに長くなって後ろ向きになっていると感じる」と吉元さん。それでも「劇場が閉鎖すると役者も裏方も技術が途絶える。先輩たちから受け継いだ芝居の灯を絶やしたくない。私は最後まで頑張る」と声を振り絞った。【山下智子】

道頓堀と芝居

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