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霊峰、危ういレール拒否 富士にケーブルカー、浮かんでは消え

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山梨県側から望む富士山。中腹を切り込む線は富士スバルライン=2020年12月25日午後1時46分、本社ヘリから
山梨県側から望む富士山。中腹を切り込む線は富士スバルライン=2020年12月25日午後1時46分、本社ヘリから

 富士山頂まで、ケーブルカーを走らせる計画が明治末から何度も浮かんでは消えた。観光に利用したい資本家らは何度も夢の構想を掲げ、反対派は景観を壊すな、宗教的伝統を守れと反発した。相いれない議論の末、国が許可しなかったり、計画が自然消滅したりして結論は常に反対派に味方した。開発の脅威にさらされながら、富士はレールを拒み続けることができたが、常に危ういものだった。

 最初に大きな問題になったのが1935年。東京朝日新聞(現朝日新聞)によると、シチズンの創業者、山崎亀吉氏が出願した。山梨県の吉田口に「大穴」を開け、地下40メートルに直径16メートル、上下線がすれ違う所は同30メートルのトンネルを堀り、80人乗りケーブルカーを山頂まで40分で運ぶ。「潜ったままでは興がない」ので、5合目にも「大穴」を掘って乗り継ぎ所を造り、「観光気分を満喫させよう」との内容だ。

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