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沖縄、台湾をつむぐ

琉球王に仕えた名家・川平家。琉球処分から日本統治下の台湾、戦後の沖縄へ。激動の時代をたどり、沖縄と台湾を見つめます。

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沖縄、台湾をつむぐ

勉強好きで進学続け 結婚後、島で小学教員に

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当時、伊是名小学校があった場所に建つ記念碑=沖縄県伊是名村で、鈴木玲子撮影
当時、伊是名小学校があった場所に建つ記念碑=沖縄県伊是名村で、鈴木玲子撮影

 沖縄県・伊是名(いぜな)島の駐在巡査だった川平朝平(かびらちょうへい)さんは1907年に結婚した。相手は首里(現・那覇市)出身の花城(はなしろ)ツルさんだ。元の名前は花城真鶴(はなぐすくまづる)。親同士が決めた結婚で2人は顔を見たこともなかった。首里で挙げた祝言では、朝平さんが島にいたため弟・朝良(ちょうりょう)さんが新郎代理を務めた。

 ツルさんは義父・朝彬(ちょうひん)さんに伴われ、島に着いた。「船酔いしなかったかね」。口ひげの両端がはね上がったカイゼルひげ姿の警官が声をかけてきた。「なれなれしいわね。朝平さんの上司かしら」と思いつつ、やり過ごした。後でそれが自分の夫だと知って驚いた。四男・朝清(ちょうせい)さん(93)は「母は『8歳差だと言われていたのに実際は18歳差。だまされたわ』と言っていました」と苦笑した。朝平さん39歳、ツルさん22歳。年の差17歳、数えで18歳差だった。

 ツルさんが駐在所に着くと、奥の部屋からガサガサと音がした。中をのぞくと蚕棚があり、蚕がびっしりとうごめいていた。朝平さんは養蚕の指導もしていたので、駐在所で蚕を育てていた。お嬢様育ちのツルさんは大の虫嫌い。悲鳴を上げてお手伝いさんの部屋に駆け込み、やがて首里の実家に逃げ帰った。

 ところが、この事態に激怒した父・長清(ちょうせい)さんに蹴られて土間に転げ落ちた。追い出されたツルさんは仕方なく、母・カメ(元の名前は思亀(うみがみ))さんに渡されたかつお節を手土産に、首里の川平家に行った。

 島から戻っていた朝彬さんは、そんな事情を知らないので「こんなに早く里帰りしてあいさつに来るとは、たいしたものだ」と感心しきり。そして朝平さんから「妻があいさつに行くので、よろしく頼みます」と手紙が届いた。「自分が逃げたことを怒りもせず、それを隠して自分の体面を保ってくれた」。ツルさんは夫の優しさを感じ、共に生きようと決めた。

 ツルさんは好奇心旺盛で勉強好きだった。「人の初めは、性本善(せいもとぜん)なり……」。就学前、父が兄たちに教えていた中国の学習書「三字経(さんじきょう)」を隣で聞いているうちに暗唱していたほどだ。父は東京の水産講習所(東京海洋大の前身)で学び、首里中学校(県立首里高の前身)で教員を務めていた。

 1891年、ツルさんは首里小学校に入学した。高等科を経て女子補習科に進学した。「裁縫が苦手だったので英語を選んだ」。選択科目に、手芸と英語があったらしい。だが、母に「女がウランダ口(ぐち)を習ってどうするの…

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