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五輪の「象徴的権力の喪失」を歴史社会学から語る 石坂友司さん

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石坂友司准教授=2019年12月9日、横田美晴撮影
石坂友司准教授=2019年12月9日、横田美晴撮影

 新型コロナウイルスの終息が見通せない中、行方に注目が集まる東京オリンピック・パラリンピック。辞任表明した大会組織委員会の森喜朗会長(83)による女性蔑視発言もあり、大会の意義、理念がなおさら問われている。五輪、パラリンピックとは何なのか。初回は「五輪と歴史社会学」の観点で、石坂友司・奈良女子大准教授に聞いた。【聞き手・大島祥平】

 近代五輪は古代ギリシャの神聖な競技会(ゲームズ)を参考に、フランスのクーベルタン男爵(1863~1937年)が近代スポーツの祭典に作り替えたもので、1896年アテネ大会から始まった。彼は教育学者であり、スポーツを通じて身体的、道徳的資質を高める人間教育の手段として考え出した。古代ギリシャの「エケケイリア」(神々を祭る祭典のための休戦協定)を、欧州で戦争が身近だった時代に平和思想として取り込み、古代との「連続性」をうまく創造したことも特徴だろう。

 近代スポーツ発祥の英国を五輪に取り込むため、英国が大事にしたアマチュアリズムの思想を柱とし、参加者は上流階級などの男性に限られた。女性への無理解という時代の制約があったとはいえ、女性の参加を認めなかったのはクーベルタンの汚点の一つとして語られる。

 その後、クーベルタンが「生まれ変わったら自分の築いたものを破壊する」という言葉を残したように、彼の理想とは違う形で五輪は変遷していく。教育や選手同士の友好を通じて平和社会の推進を目指すものが、競技結果が重視され、ナショナリズムや民族主義が入り込んだ結果、国同士の緊張感を高めてしまう側面も生まれる。1936年ベルリン大会でナチスのプロパガンダとして利用されることに抵抗できず、第二次世界大戦を止めることもできなかった。

 戦後の五輪は東西ブロック間の戦いで、国家的な政策でメダルを争ってどちらの陣営が優秀であるかを示すための場として使われた。そして、維持してきたアマチュアリズムから商業主義へかじを切ったことは劇的な転換点となり、五輪と都市、アスリートの関係は一変する。

 きっかけとなったのは76年モントリオール大会で開催都市が多額の借金を背負ったことだった。その76年大会から立候補を続けていたロサンゼルスの84年大会は、既存施設などを使った合理化と民間資本による運営を実施。最高峰の大会としてのブランド価値を高めるために…

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