伝説ジャンプ、雪辱の号外写真「ヒノマルソウル」報道の舞台裏

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金メダルを決め歓声に応える(左から)船木和喜、原田雅彦、岡部孝信、斎藤浩哉=長野県白馬村で1998年2月17日、関口純撮影
金メダルを決め歓声に応える(左から)船木和喜、原田雅彦、岡部孝信、斎藤浩哉=長野県白馬村で1998年2月17日、関口純撮影

 23年前の今日、1998(平成10)年2月17日、長野五輪のスキー・ジャンプ団体で日本は金メダルを獲得した。岡部孝信、斎藤浩哉、原田雅彦、船木和喜の4選手で臨んだ日本は1回目の原田のジャンプ失敗が響き、4位と出遅れた。その後吹雪で中断し、そのまま競技終了しメダルなしになることも懸念されたが、舞台裏にいた日本のテストジャンパーたちの活躍により再開。2回目に岡部と原田がともに最長不倒距離の大ジャンプを見せて大逆転した。毎日新聞も号外や新聞で金メダル獲得を大々的に報じた。私の書いた原稿が多くの人々の手を経て読者の手に届けられた。そんなオリンピック報道の舞台裏を振り返り、再度取材してみた――。【大矢伸一】

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