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常夏通信

その82 戦没者遺骨の戦後史(28) DNA鑑定 呼びかけ強化を

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硫黄島・摺鉢山山頂の慰霊碑に手を合わせる遺族。硫黄島で収容された遺骨の身元が判明する確率は低い。この遺族は「見つかった骨がだれの骨か分からないならば、全部お父さんの骨だと思います」と話した=2012年7月17日、栗原俊雄撮影
硫黄島・摺鉢山山頂の慰霊碑に手を合わせる遺族。硫黄島で収容された遺骨の身元が判明する確率は低い。この遺族は「見つかった骨がだれの骨か分からないならば、全部お父さんの骨だと思います」と話した=2012年7月17日、栗原俊雄撮影

 「当たり前とはいえ……。随分と急だな。いや、考えてみれば遅すぎた」。今月5日、厚生労働省の発表を見てそう思った。戦没者の遺骨のDNA鑑定について、全地域で「遺品縛り」を外す、という内容だ。正直なところ、もっと時間がかかると思っていた。「すぐにそうなるはず」と予想して取材していれば、発表前にその情報をつかむことができたかもしれない。また特ダネを逃してしまった。

全地域で「遺品縛り」解除

 DNA鑑定は2003年度に始まった。現状、戦没者の遺骨の身元を科学的に特定する唯一の方法である。しかし、所管の厚労省は鑑定実施に厳しい条件を設けた。遺骨の身元特定につながる遺品や、埋葬記録などがある場合に限って実施することとしたのだ。そうした資料が、南方などの激戦地で見つかることは極めてまれだ。このため、遺族らが苦労して収容した遺骨が、鑑定さえされないまま事実上の「無縁仏」となり、同省の霊安室で眠ることになってきた。

 「8月ジャーナリズム」=戦争報道=を一年中行っている常夏記者こと私は、「遺品があろうがなかろうが、技術的に鑑定が可能な遺骨については、遺族に広く呼びかけて鑑定を行うべきだ」と繰り返し訴えた。そうした記事は国会で何度か取り上げられた。その影響がどの程度あったのかは分からないが、「遺品縛り」は徐々に緩和されていった。

 本連載で見てきたように同省は16年度、沖縄県の4地域に限って「遺品縛り」を外した。つまり遺品がなくても、部隊記録などである程度身元が推定できる場合は鑑定を行うこととした。さらに17年度にはこれを同県の10地域に広げ、DNA鑑定の希望者を募った。対象となる戦没者84検体に対して遺族766件の検体と鑑定を行ったが、身元の特定には至らなかった。

 「沖縄でできるならば、同じように遺品以外の資料が確認されている硫黄島でもDNA鑑定はできるはず」。私がそう問うと、厚労省の幹部は言った。「沖縄で成果が出ないと、難しいですね」

 しかし「成果」がないままに20年度、硫黄島とタラワ環礁(キリバス)で「遺品縛り」を外したところ、それぞれ2体ずつ遺骨の身元が判明したのだ。この成果を受けて、政府は「遺品縛り」を外す地域を拡大する方針を示していた。例えば今年1月27日の参議院予算委員会で、菅義偉首相はペリリュー島(パラオ)など対象地域の拡大を検討していることも明らかにしていた。日本軍兵士およそ1万人が戦死した地である。

 私は、だから「ペリリューのように、比較的戦域が狭い地域から少しずつ拡大してゆくのだろう」と思っていた。ところが、全地域に拡大することとなった。硫黄島で2体の身元判明が明らかになってから2カ月しかたっていなかった。

「遺族の高齢化」を理由に

 一連の急な方針転換の理由について、厚労省は「遺族の高齢化」を挙げる。遺骨のDNAと照合すべき遺族を探し出すのは難しくなっていく。また、もたもたしていたら、遺骨を返すべき遺族がいなくなってしまうかもしれない。それにしても、高齢化は今に始まったことではない。何年も前から指摘されていたことだ。「もっと早くやっていれば」と思わざるを得ない。

 ともあれ沖縄や硫黄島など一部に限らず、すべての地域で「遺品縛り」を外したことは、大きな一歩だ。申請方針の詳細は今年8月から9月ごろまでに示し、その後鑑定に入るという。

鑑定体制の拡充が必須

 実施する上で不可欠なのが、DNA鑑定の体制拡充だ。現状では12大学の12人が鑑定をしている。それぞれ研究と学生の教育という本務があり、その合間を縫って鑑定している。「プライバシー」の観点から、鑑…

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