寄稿

芥川賞を受賞して 深く頭を垂れ、静かに 宇佐見りん(作家)

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=須藤唯哉撮影
=須藤唯哉撮影

 子供のころ、盆休みに祖父母の家を訪れると、仏壇に向かうよう言われていた。到着すると、まず手洗いうがいをして、荷物を二階の部屋にもっていき、一階に降りて仏壇の前で手を合わせる。居間でくつろぐのはそのあとだ。仏壇の周囲に積んである果物や和菓子の箱をもってくるときにも、まずは仏壇の前で正座する。

 仏壇には、仏具やマッチ、ライター、ろうそく、線香などが置かれている。誰かに冗談で言われたのか、勝手に自分で想像したのかはわからないが、昔は木魚が曽祖父を、小さな紫色の座布団の上に乗ったお椀(わん)型の仏具(「りん」という名称らしい)が曽祖母を、それぞれ示していると思っていた。もちろん、それらが本当に彼らの化身であると思い込んでいたわけではないけれど、なんとなくそういうイメージがあった。私が生まれたときには二人とも亡くなっていたし、写真を見た記憶がないので彼らの本当の姿は知らない。それでも私は心のどこかでいまだに、曽祖父を木魚のようなたれ目で優しげな顔をしていたのではないかと思っているし、曽祖母は座布団と同じ紫色の着物の似合う人であったような気がしている。

 仏具を鳴らし、手を合わせる。ひんやりとした音は耳の奥へ、糸のように細く長く響き、蟬(せみ)しぐれや、向かいの道路を行き過ぎる車の音をもつらぬいて、やがて沈黙をもたらす。その音が次第に小さくなり、完全に止(や)んでしまうまで、私は瞼(まぶた)をひらかなかった。それが聴こえているうちに動いてはならないと思っていた。

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