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サントリー学芸賞、中嶋泉・阪大准教授 「男たち」の美術史に一石

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「今後は70年代、80年代と女性の美術家の歴史を一つの物語にしたい」と語る中嶋泉さん=2021年2月9日午後2時34分、清水有香撮影
「今後は70年代、80年代と女性の美術家の歴史を一つの物語にしたい」と語る中嶋泉さん=2021年2月9日午後2時34分、清水有香撮影

 2020年度のサントリー学芸賞を受賞した「アンチ・アクション」(ブリュッケ)は、1950~60年代の日本美術史をジェンダーの観点から読み直した画期的な本だ。「戦後の美術史は『男たち』による男性中心の物語であり、そのことがほとんど振り返られることがないのは問題」と著者の中嶋泉・大阪大准教授。ジェンダー化された物語の「主流」からこぼれ落ちた前衛女性画家に光を当て、その創作や背景を分析した上で作品に新たな解釈を加えた。【清水有香】

「アクション」に抵抗した3人

 「アンチ・アクション」は著者独自の概念だ。激しい身ぶりによる男性的な抽象表現「アクション・ペインティング」に対して、本書が扱う同時代の女性画家、草間彌生(やよい)、田中敦子、福島秀子に共通する抵抗の姿勢を指す。3人は戦後美術史で「例外的」あるいは「居場所をなくした」存在だという。足かけ10年に及んだ今回の調査・執筆は「とにかく資料を集めることから始まった」。図書館に通っては戦後、60年代半ばまでのさまざまな芸術雑誌を1ページずつめくって女性作家に関する記事を探し、資料の多さや抽象表現主義との関連などからこの3人を対象にした。「3人がそろって『アクション』の傾向に対して違和感を持っていたというのも面白い発見でした」

 本書は当時の批評を丁寧に読み解く。「美術をつくるのはアーティストですが、美術を意味づけるのは批評家。いいものをつくっていれば美術史に残ったという論理は通用しない」と中嶋さん。まず注目するのは、フランスの男性批評家ミシェル・タピエが提唱し、50年代に日本で熱心に受容された「アンフォルメル」(非定形の芸術)だ。針生一郎ら当時の男性批評家は戦後、「西洋美術の模倣」に代わる自国美術の新しい自己像を示す好機としてアンフォルメルを歓迎。だが実際、「タピエは日本の美術が何たるかに関心がなく、日本では単なる様式としてしか受け入れられなかった」。60年代に入ると針生らは一転、アンフォルメルを「旋風」と批判し、椹木野衣らその後の男性批評家も日本美術史の「失敗」と位置づけた。

男性化したアーティスト像

 「戦後美術は、いかに自分たちがアイデンティティーを取り戻すかという話として語られ、それが男性批評家のアイデンティティーに置き換わっていく。旋風や失敗はあくまで男性批評家にとってのものでしかなく、それがどれほど一般的だったかを考えるべきだと思った」。とりわけ「日本」を背負う語りについて「美術家、特に社会の中で虐げられてきた女性にとって、ナショナルなものに義理立てする必要は無かった」と考える。この「アンフォルメル旋風」を巡る言説を相対化することから、戦後美術を問い直す本書の試み…

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