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先月のピカイチ 来月のイチオシ

毎月数多くの公演に足を運び耳を傾けている鑑賞の達人が、1カ月で最も印象に残った演奏と、これから1カ月で聴き逃せないプログラムを紹介します。

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先月のピカイチ 来月のイチオシ

思い出に残るワーグナー「ニーベルングの指環」(後編)

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2017年バイロイト音楽祭「ワルキューレ」から、ジークムントとジークリンデを好演したクリストファー・ヴェントリスとカミラ・ニールント(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
2017年バイロイト音楽祭「ワルキューレ」から、ジークムントとジークリンデを好演したクリストファー・ヴェントリスとカミラ・ニールント(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

 緊急事態宣言の延長と海外からの入国制限の厳格化などによって音楽業界は再び困難に直面している。既にプログラムや出演者の変更、開催自体の中止を余儀なくされた公演が相次いでいる。そこで今月の当連載も特別企画としてワーグナーの大作「ニーベルングの指環(リング)」全4作それぞれのベスト公演、思い出に残るステージを選者の皆さんに紹介していただきました。前編に続き、後編は筆者お二方によるよりすぐりの公演をお届けします。

(前編)はこちら

 

       *   *   *

◆毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選◆

■「ラインの黄金」

ベルリン州立歌劇場日本公演(2002年1月16日 神奈川県民ホール)

ダニエル・バレンボイム指揮/ハリー・クプファー演出/ファルク・シュトルックマン(ヴォータン)/グレアム・クラーク(ローゲ)/ギュンター・フォン・カイネン(アルベリヒ)/ペーター・メンツェル(ミーメ)/ルネ・パーペ(ファーゾルト)/ローズマリー・ラング(フリッカ)/リカルダ・メルベート(フライア)他

【次点】

ザルツブルク・イースター音楽祭 in Japan(2016年11月20日 サントリーホール)

クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデン/ドニ・クリエフ(舞台統括)/ミヒャエル・フォレ(ヴォータン)/藤村実穂子(フリッカ)/アルベルト・ドーメン(アルベリヒ)他

■「ワルキューレ」

バイロイト音楽祭(2010年8月9日 バイロイト祝祭劇場)

クリスティアン・ティーレマン指揮/タンクレート・ドルスト演出/ヨハン・ボータ(ジークムント)/カンチュル・ユン(フンディング)/アルベルト・ドーメン(ヴォータン)/エディット・ハラー(ジークリンデ)/リンダ・ワトソン(ブリュンヒルデ)/藤村実穂子(フリッカ)他

バイロイト市旧市街にあるワーグナーの居館、ヴァーンフリート館(現在はリヒャルト・ワーグナー博物館)
バイロイト市旧市街にあるワーグナーの居館、ヴァーンフリート館(現在はリヒャルト・ワーグナー博物館)

【次点】

メトロポリタン歌劇場来日公演(2006年6月18日 NHKホール)

クリストフ・エッシェンバッハ指揮/オットー・シェンク演出/プラシド・ドミンゴ(ジークムント)/ルネ・パーペ(フンディング)/ジェームズ・モリス(ヴォータン)/デボラ・ヴォイト(ジークリンデ)/デボラ・ポラスキ(ブリュンヒルデ)/イヴォンヌ・ナエフ(フリッカ)他

■「ジークフリート」

新国立劇場トーキョー・リング(2003年4月6日 大劇場=オペラパレス)

準メルクル指揮NHK交響楽団/キース・ウォーナー演出/クリスティアン・フランツ(ジークフリート)/ゲルハルト・ジーゲル(ミーメ)/ユッカ・ラジライネン(さすらい人)/スーザン・ブロック(ブリュンヒルデ)他

新国立劇場の「トーキョー・リング」より、2003年に上演された「ジークフリート」 撮影:三枝近志
新国立劇場の「トーキョー・リング」より、2003年に上演された「ジークフリート」 撮影:三枝近志

【次点】

東京春祭ワーグナー・シリーズvol.7 ※演奏会形式(2016年4月7日 東京文化会館大ホール)

マレク・ヤノフスキ指揮NHK交響楽団/アンドレアス・シャーガー(ジークフリート)/ゲルハルト・ジーゲル(ミーメ)/エギリス・シリンス(さすらい人)/エリカ・ズンネガルト(ブリュンヒルデ)他

カストロフ&ペトレンコによる「神々の黄昏」第3幕より=2015年、バイロイト音楽祭 (C)Bayreuther Festspiele / Enrico Nawrath 拡大
カストロフ&ペトレンコによる「神々の黄昏」第3幕より=2015年、バイロイト音楽祭 (C)Bayreuther Festspiele / Enrico Nawrath

■「神々の黄昏」

バイロイト音楽祭(2015年8月14日 バイロイト祝祭劇場)

キリル・ペトレンコ指揮/フランク・カストロフ演出/シュテファン・ヴィンケ(ジークフリート)/アルベルト・ドーメン(アルベリヒ)/シュテファン・ミーリンク(ハーゲン)/キャスリーン・フォスター(ブリュンヒルデ)/クラウディア・マンケ(ヴァルトラウテ)他

【次点】

新国立劇場(2017年10月7日 新国立劇場オペラパレス)

飯守泰次郎指揮読売日本交響楽団/ゲッツ・フリードリヒ演出/ステファン・グールド(ジークフリート)/島村武男(アルベリヒ)/アルベルト・ぺーゼンドルファー(ハーゲン)/ペトラ・ラング(ブリュンヒルデ)/ヴァルトラウト・マイヤー(ヴァルトラウテ)他

 02年のベルリン州立歌劇場の来日公演で「ニーベルングの指環」を観(み)た時から、ワーグナーに取りつかれてしまった。それは神話に基づくおとぎ話とは程遠いもので、21世紀の今を生きる自分を見ているような、他のオペラからは得られない衝撃を受けた。ツィクルスの中で序夜が最も良かったというよりも、その夜は人生のエポックメイキングだったからというしかない。

 それ以来バイロイト音楽祭にも足を運ぶようになり、ティーレマン指揮のリングも07年と10年に聴いた。そのプロダクションとしては最後の2010年は、いつにも増してドラマティックな音楽作りと完璧に応えるバイロイト祝祭管弦楽団の音を浴びて、立ち去りがたいとしか言いようがなかったのを覚えている。タンクレート・ドルストの演出は現代に出没する神々が描かれ、父と娘の別れは岩山ならぬ採石場だったがト書きには忠実だった。それに続くフランク・カストロフの演出は石油の利権を巡る闘争として資本主義と社会主義の歴史を想起させつつ、ト書きにない動きで歌い手も大忙しの混沌(こんとん)の舞台だ。「神々の黄昏」の第3幕では舞台に現れたNY証券取引所の前で指輪がぞんざいに扱われ、最後まで続く肩すかしにこちらの頭も混沌の極みだった。にも関わらずペトレンコ指揮によるワーグナーの音楽は、何ものをも凌駕(りょうが)する。刺激的なカオスの中毒に取りつかれ13年、15年と聴くことになったのも、ペトレンコの細部まで美しい響きを追求する音楽作りの賜物(たまもの)だろう。

 新国立劇場のトーキョー・リングでは、ポップな舞台で絶好調の野生児だったクリスティアン・フランツ、同劇場、飯守泰次郎指揮の「神々の黄昏」でヴァルトラウテを歌ったヴァルトラウト・マイヤーの一瞬で空気を変えてしまう比類なき表現力、メトロポリタン歌劇場の来日公演でジークムントを歌ったプラシド・ドミンゴの「ヴェルゼ!」など、鮮やかな映像として記憶に刻まれている。

 東京春祭のワーグナー・シリーズでは指揮のマレク・ヤノフスキがN響そしてゲスト・コンマスのキュッヒルと「ラインの黄金」から回を重ねるごとに充実した音楽作りで、管弦楽が語りかけるような、演奏会形式だからこそ聴けるワーグナー・サウンドの醍醐味(だいごみ)を堪能できたことも忘れてはならない。

       *   *   *

◆宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)選◆

■「ラインの黄金」

ザルツブルク・イースター音楽祭 in Japan(2016年11月20日 サントリーホール)

クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデン/ドニ・クリエフ(舞台統括)/ミヒャエル・フォレ(ヴォータン)/藤村実穂子(フリッカ)/アルベルト・ドーメン(アルベリヒ)

【次点】

ウィーン国立歌劇場(2009年11月21日 ウィーン国立歌劇場)

フランツ・ヴェルザー=メスト指揮/スヴェン=エリック・ベヒトルフ演出/ユーハ・ウーシタロ(ヴォータン)/ヤニナ・ベヒレ(フリッカ)/トマズ・コニエチュニー(アルベリヒ)

■「ワルキューレ」

バイロイト音楽祭(2017年8月9日 バイロイト祝祭劇場)

マレク・ヤノフスキ指揮/フランク・カストロフ演出/クリストファー・ヴェントリス(ジークムント)/カミラ・ニールント(ジークリンデ)/ジョン・ラングレン(ヴォータン)/ゲオルク・ツェッペンフェルト(フンディング)/キャスリーン・フォスター(ブリュンヒルデ)

バイロイト祝祭劇場前にたたずむワーグナーの胸像
バイロイト祝祭劇場前にたたずむワーグナーの胸像

【次点】

バイロイト音楽祭(2004年8月8日 バイロイト祝祭劇場)

アダム・フィッシャー指揮/ユルゲン・フリム演出/ロバート・ディーン・スミス(ジークムント)/エーファ・ヨハンソン(ジークリンデ)/アラン・タイトゥス(ヴォータン)/フィリップ・カン(フンディング)/エヴェリン・ヘルリツィウス(ブリュンヒルデ)

■「ジークフリート」

ベルリン州立歌劇場日本公演(2002年2月10日 NHKホール)

ダニエル・バレンボイム指揮/ハリー・クブファー演出/クリスティアン・フランツ(ジークフリート)/グレアム・クラーク(ミーメ)/ファルク・シュトルックマン(さすらい人)/ギュンター・フォン・カンネン(アルベリヒ)/デボラ・ポラスキ(ブリュンヒルデ)

【次点】

新国立劇場トーキョー・リング(2003年3月27日 大劇場=オペラパレス)

準・メルクル指揮NHK交響楽団/キース・ウォーナー演出/クリスティアン・フランツ(ジークフリート)/ゲルハルト・ジーゲル(ミーメ)/ユッカ・ラジライネン(さすらい人)/スーザン・ブロック(ブリュンヒルデ)他

日本発の本格的な読み替え演出で話題を呼んだ新国立劇場の「トーキョー・リング」=2003年「ジークフリート」より 撮影:三枝近志
日本発の本格的な読み替え演出で話題を呼んだ新国立劇場の「トーキョー・リング」=2003年「ジークフリート」より 撮影:三枝近志

■「神々の黄昏」

バイロイト音楽祭(2015年8月14日 バイロイト祝祭劇場)

キリル・ペトレンコ指揮/フランク・カストロフ演出/シュテファン・ヴィンケ(ジークフリート)/キャスリーン・フォスター(ブリュンヒルデ)/シュテファン・ミーリンク(ハーゲン)/アレッサンドロ・マルコ=ブルメスター(グンター)/アルベルト・ドーメン(アルベリヒ)

カストロフが演出を手がけた「神々の黄昏」第2幕より。5年がかりのツィクルス途中ながら、ペトレンコの指揮はこの年が最後になった=2015年、バイロイト音楽祭 (C)Bayreuther Festspiele / Enrico Nawrath
カストロフが演出を手がけた「神々の黄昏」第2幕より。5年がかりのツィクルス途中ながら、ペトレンコの指揮はこの年が最後になった=2015年、バイロイト音楽祭 (C)Bayreuther Festspiele / Enrico Nawrath

【次点】

バイロイト音楽祭(2010年8月13日 バイロイト祝祭劇場)

クリスティアン・ティーレマン指揮/タンクレート・ドルスト演出/ランス・ライアン(ジークフリート)/リンダ・ワトソン(ブリュンヒルデ)/エリック・ハーフヴァーソン(ハーゲン)/ラルフ・ルーカス(グンター)/アンドリュー・ショア(アルベリヒ)

 ワグネリアンを自任する私は「ニーベルングの指環(リング)」についても多くの公演を取材・鑑賞してきたが、2000年代以前の体験については作品に対する理解が十分ではなかったため(今も十分とはいえないが……)対象から外した。それらはメトで観たレヴァイン指揮シェンク演出の「リング・サイクル」(ベーレンスのブリュンヒルデが素晴らしかった)やフリードリヒ演出の「トンネル・リング」などである。

 2000年代に入ってからはほぼ毎年、バイロイトに通うようになったことで勢いここのプロダクションからのチョイスが増えてしまった。バイロイトにおける「リング・ツィクルス」は通常、プレミエから5年連続で上演が行われる。演出面では初年のインパクトが大きいのだが、その後、毎年手直しやブラッシュアップが図られるため最終年の練り込まれた上演がやはり強く印象に残る。「神々の黄昏」で挙げたペトレンコ&カストロフ、次点のティーレマン&ドルストはその好例である。ペトレンコはミュンヘンでの新ポスト就任の関係で、3年で〝卒業〟となったため2015年が最終年。演出面では賛否両論あったが、こと音楽面では堅固な構造と力感にあふれた推進力をもって作品の本質に肉薄し圧倒的な成果を収めた。終演後、客席から起こった喝采と名物の木の床を踏み鳴らす賛辞は私がバイロイトで体験したあらゆる公演の中でも群を抜く大きさであった。

 ペトレンコの後を受けて16年からこのプロダクションの音楽面を担ったのはヤノフスキである。ツィクルス最終の17年は前任者とはひと味違う質実剛健な音楽作りで多くの観客の支持を集めた。特に「ワルキューレ」が出色の出来で15年の東京・春・音楽祭での演奏も良かったがそこから一段高みに上ったように感じた。いつも仏頂面のマエストロが終演後の大喝采に満面の笑みを浮かべていたのを思い出す。

 バイロイトの場合、先鋭的な読み替え演出が多く毎回賛否が分かれるが、演出・音楽の両面で水準が高くバランスが取れていたのがバレンボイム指揮クプファー演出によるベルリン州立歌劇場のいわゆる「環境リング」であろう。このコンビは1988年から92年までバイロイトでもツィクルスを担当し成功を収めたが、ベルリンでのプロダクション(93~96年新制作)はその進化形。全4作いずれも完成度の高いステージであったが、ここからは「ジークフリート」を選んだ。作品の魅力である前進する若い力が巧みに表現されていたからだ。全盛期のポラスキ、フランツ、シュトルックマンらの歌唱も良かったが、クラークによる演劇的なミーメの役作りが忘れられない。「ジークフリート」の次点とした新国「トーキョー・リング」は日本から世界に発信できる初めての本格的な読み替えによるプロダクションであり、毎回ワクワクしながら観た。特に同作においてウォーナーが施した見せ方の工夫は、作品を理解している人だけがその真意を察知できるものでその〝謎〟を解き明かすのも楽しかった。

 「ラインの黄金」は現代を代表するワーグナー指揮者のひとりであるティーレマンの面目躍如たるステージ。歌唱、演技、演奏が混然一体となった密度の濃い上演に圧倒された。まだまだ書き足りないが既に字数オーバー、ここまでとしたい。

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