NZ地震10年「今でも街中で娘の姿探す」変わらぬ遺族の悲しみ

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ニュージーランド地震犠牲者の追悼式典後、取材に応じる遺族。左から金丸直弘さん、横田政司さん、菊田邦俊さん、堀田和夫さん、山谷信昭さん=富山市の富山外国語専門学校で2021年2月22日、青山郁子撮影 拡大
ニュージーランド地震犠牲者の追悼式典後、取材に応じる遺族。左から金丸直弘さん、横田政司さん、菊田邦俊さん、堀田和夫さん、山谷信昭さん=富山市の富山外国語専門学校で2021年2月22日、青山郁子撮影

 日本人28人を含む計185人が亡くなった2011年2月22日のニュージーランド(NZ)地震から22日で10年を迎えた。新型コロナウイルス感染防止のため、毎年命日に現地を訪れていた遺族は今年、渡航を断念。語学研修中の学生12人が犠牲になった富山市の富山外国語専門学校も、毎年実施してきた「追悼の集い」の規模を縮小するなどコロナ禍に揺れる節目の年となった。

 富山市の堀田和夫さん(66)は当時19歳だった長女めぐみさんを地震で亡くした。翌年から毎年、妻とともに現地を訪れ、愛娘が犠牲となったカンタベリーテレビ(CTV)ビルの倒壊跡地近くで開かれるクライストチャーチ市主催の追悼式典に参加してきた。10年の節目を富山で迎えたが「我々遺族の気持ちは当時と少しも変わらない」と複雑な心境を語る。

店に飾ってあるめぐみさんの写真を前に10年の歳月をかみしめる堀田和夫さん=富山市内で2021年1月27日、青山郁子撮影 拡大
店に飾ってあるめぐみさんの写真を前に10年の歳月をかみしめる堀田和夫さん=富山市内で2021年1月27日、青山郁子撮影

 めぐみさんは3人きょうだいの末っ子で、兄2人の下に生まれた待望の女の子だった。高校時代から英語が得意で「将来、通訳など語学を生かした仕事に就きたい」と同校に進学した。10年前の2月17日、念願の語学留学に意気揚々と出発したのが、永遠の別れとなった。

 地震直後に現地入りした際、CTVビルの周囲にあるビルがほとんど無傷だったことに衝撃を受け、なぜあのビルだけが倒壊したのかを粘り強く調べた。「親としてできる限りのことをしてやりたい」との一心だったが、設計、工事、検査などすべてがずさんだったことが分かるにつれ、「知れば知るほど気持ちがめいった。倒壊は天災ではなく人災。防ぎようがあった」との思いが強くなった。

 それでも、20年2月にクライストチャーチ市のダルジール市長が来日し、堀田さんら日本人遺族に直接謝罪した時は「うれしかったし、気持ちが少し楽になった」と振り返る。

 今年の命日は「集い」に参加後、今も自宅に安置してあるめぐみさんの遺骨の前で、妻とともに静かに過ごした。経営するめがね店には、めぐみさんが出発直前に撮影した笑顔の写真が今も飾られる。「コロナ禍が終息すれば、またニュージーランドに行き、娘にこれまでのことを報告したい。そして娘のホストファミリーなどお世話になった方々にお礼の気持ちを伝えたい」。

ビル倒壊の責任の所在不明「真実を」

 追悼の集い後、遺族5人が会見し、10年が経過した今も変わらない悲しみを語った。

 会見したのは、いずれも当時19歳だった金丸佳世さんの父直弘さん(62)=富山県高岡市▽横田沙希さんの父政司(まさつぐ)さん(65)=富山市▽菊田紗央莉さんの父邦俊さん(70)=金沢市▽堀田めぐみさんの父和夫さん(66)=富山市▽山谷美奈さんの父信昭さん(63)=高岡市。

 横田さんは「娘が生きていたら今年30歳。今でも街中で娘の姿を探す」、菊田さんは「今朝も娘が下宿していた場所を通ったが、泣けてきたし、つらかった」、山谷さんは「短い人生だった。もっといろんなことがしたかったろうに」などとしのんだ。

 一方、現場のビル倒壊の責任の所在が明らかでないことについて菊田さんは「クライストチャーチ市として公式謝罪はあったが、心の晴れる日はない。現地の法の中で必ずしっかり責任を取ってほしい」、堀田さんも「知れば苦しむだろうが、苦しんでいいから真実を知りたい」と切実な思いを訴えた。【青山郁子】

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