眼球使用困難症候群とは? 「暗闇で暮らすしかない」苦しみ

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玄関とリビングをつなぐ扉は、何枚もの段ボールがガムテープで張り付けられていた=群馬県内で2021年1月27日、野村房代撮影 拡大
玄関とリビングをつなぐ扉は、何枚もの段ボールがガムテープで張り付けられていた=群馬県内で2021年1月27日、野村房代撮影

 光のまぶしさや頭痛などで目が開けられず、暗闇の中での生活を強いられている人たちがいる。「眼球使用困難症候群」と呼ばれる病気だが、医学的にほとんど認知されていない。脳の機能障害が原因とみられているが、眼球や視力には問題がないため「視覚障害」にはあたらず、法的保障を受けられないのが現状だ。当事者を訪ねると、そこには想像を絶する困難があった。【野村房代/統合デジタル取材センター】

暗闇の中で寝たきり 電磁波におびえ

 群馬県内に住む木村明美さん(51)=仮名=は約2年前から、社会と隔絶した生活を強いられている。「こんな病気があるんだということを多くの人に知ってもらいたい」。そう話す夫の康夫さん(50)=同=の案内で、アパートを訪ねた。

 玄関を開けると、薄暗い廊下の先に、異様な光景が目に入った。リビングにつながる扉には、無数の段ボールがガムテープで張られている。はめ込みのすりガラスを通してリビングに光が漏れないよう、隙間(すきま)を塞いでいるのだという。

 扉の向こうは完全な暗闇だった。目をこらしても一歩先すら見えず、方向感覚もつかめない。康夫さんに手を引かれ、リビング横の部屋に入った。そのまま床に座ると、数十センチほど離れたところからだろうか、消え入りそうなささやき声がした。明美さんには聴覚過敏もあるため、大きな声が出せない。明美さんはこう気遣ってくれた。「初めまして、遠い所まですみません……。寒くないですか?」。1月末だというのに、暖房器具は一切使わず、衣類や布団を重ねて寒さをしのいでいるという。「去年の秋から、電化製品もだめになってしまって……電磁波のせいなのか、体がビリビリとしびれてしんどくなるんです」。入浴やトイレで部屋を出る時は、頭から布団をかぶって移動し、暗闇の中で手探りで済ませている。

 冷蔵庫以外の電化製品は、コンセントを抜いたまま。ガスレンジも使えず、食事は康夫さんがコンビニエンスストアで買ってきたおにぎりなどで済ませる。食感やにおいが気になるため、食べられるものが限られているという。洗濯は当初、康夫さんがコインランドリーに通っていたが、衣類につく乾燥機のにおいで気分が悪くなったのを機に、康夫さんが浴室で手洗いするようになった。もちろんスマートフォンも家に持ち込めず、駐車場にとめた車中に置いている。

 明美さんは6畳の一室で、ほぼ寝たきりの生活を送っている。体温調節ができず、じっとしていると体に熱がこもるため、クーラーボックスに入れた氷を1時間おきに頭やほおに当て、冷やさなければならないという。氷は康夫さんが毎日、午前と午後に1回ずつ、勤務先から帰宅して補充する。そのために康夫さんは、遠方から近隣の営業所への異動を願い出た。「幸い、職場の人たちは理解してくれていますが、仕事量は減らさざるを得ない。営業職なのにお客さん回りもできず、申し訳ない気持ちです」と話す。明美さんも症状が出てからは長年勤めていたパートを辞め、今後の生活設計もままならない。

入院できず往診も受けられず

 明美さんが最初に大きな異変を感じたのは、2018年の10月。自宅でテレビを見ている時に突然、頭痛がして、光や音が刺さるような不快感を覚えた。以降、家の中でもサングラスなしでは過ごせなくなり、テレビやラジオもつけられなくなった。

 因果関係は不明だが、その数カ月前、夏の酷暑で数度、熱中症のような症状が出たことがあった。かかりつけ医から紹介された大学病院の脳神経内科と心療内科を受診したが、異常は見つからなかった。友人の紹介で、その後、井上眼科病院(東京都千代田区)の若倉雅登名誉院長(神経眼科)の診療を受ける。若倉氏はそうした症状を「眼球使用困難症候群」と提唱し、啓発もしていた。

 だが現状で治療法はなく、症状は次第に悪化。20年の3月からは、体に少しの光が当たるだけでもつらくなり、以降は一度も外出できていない。家中の窓をベニヤ板とガムテープで塞ぎ、内側には遮光カーテン、さらに衣類などをかぶせている。

 息苦しさや動悸(どうき)も多くなり、近隣の病院に自宅への往診を依頼したが、暗所には医療機材を持ち込めないことを理由に断られた。明美さんは「かかりつけ医にはエコノミークラス症候群のおそれも指摘されました。でも、もし命に関わる急病になっても、入院できない。それにエアコンが使えない状況が変わらなければ、今年の夏はどうなるのか……」と不安を募らせている。

 康夫さんは当初、明美さんの精神的な問題ではないかと考え、深刻に捉えていなかったという。溺愛していた一人娘が、大学進学して1人暮らしを始めたことで「さみしくて不安定になったんだろう」と思っていた。だが、いつも穏やかで明るく、めったに弱音を吐かない明美さんがさめざめと泣く姿を見て、「よっぽどのこと。一生付き合うしかない、と覚悟を決めました」と話す。

明美さんの自宅では、光が差し込まないようにベランダと面した窓もベニヤ板とガムテープで塞がれていた=群馬県内で2021年1月27日、野村房代撮影 拡大
明美さんの自宅では、光が差し込まないようにベランダと面した窓もベニヤ板とガムテープで塞がれていた=群馬県内で2021年1月27日、野村房代撮影

 でも、と続ける。「妻には私がいるからまだいいけれど、同じ症状で一人で苦しんでいる人もいるのではないでしょうか。社会に関心を持ってもらい、なんとか治療法を開発してほしい。以前のように、明るい太陽の下で笑う妻の姿を見たいんです」

 明美さんも「助けてくれる家族や友人には本当に感謝していますが、こんな生活をずっとは続けられない。難病指定や障害認定で公的支援が受けられるようになれば、夫の負担も減らすことができるのに」と訴える。

福祉の谷間に落ち 法的保障なく

 「眼球使用困難症候群」は17年、まぶしさなどで目が使えなくなるさまざまな病気の総称として、若倉氏が論文で発表した。若倉氏は長年、そうした患者たちを診察する中で、多くが社会生活に支障を来しているにもかかわらず、法的な保障がないことを問題視してきた。

 視覚障害と認められれば身体障害者手帳が交付され、税金の減免や福祉手当、交通機関の割引などが受けられ、障害者雇用の対象にもなる。だが現状の障害判定基準では、視力と視野に問題がなければ視覚障害とは認められない。若倉氏は「医学的にも社会的にも認知されておらず、詐病や怠慢を疑われて悩んでいる人も多い」と話す。全国にいる患者の総数は不明だが、若倉氏の元には少なくとも7000人が診察に訪れた。

 若倉氏によると、眼球使用困難症候群は、まぶたがけいれんして目が開けづらくなる「眼瞼(がんけん)けいれん」の患者に特に多いが、外傷の後遺症や線維筋痛症、顎(がく)関節症など、発症の原因とみられる疾患はさまざまだ。そのほとんどが何らかの感覚過敏を併発しており、「視覚などの感覚情報が大脳に伝わる際、中継地となる視床が過剰に活動していることが原因とみられ、脳の誤作動だといえる」と説明する。抗不安薬や睡眠導入剤の服用が影響したとみられるケースも多いという。

 若倉氏はそうした患者らの相談窓口として、15年にNPO法人「目と心の健康相談室」を設立。相談を受ける看護師の荒川和子理事長(66)は「さまざまな医者にかかっても相手にされず、福祉制度の谷間に落ちてしまっている。何らかの生活保障が必要なので、当事者の状況を見て障害と認めてほしい」と訴える。

明美さんは体温調節ができないため、1時間おきに氷で頭やほおを冷やさなければならない。氷は夫の康夫さんが5時間おきに補充している=群馬県内で2021年1月27日、野村房代撮影 拡大
明美さんは体温調節ができないため、1時間おきに氷で頭やほおを冷やさなければならない。氷は夫の康夫さんが5時間おきに補充している=群馬県内で2021年1月27日、野村房代撮影

 NPOや患者らによる陳情を受け、厚生労働省は今年度、委託事業で当事者約120人を対象にした生活実態調査を実施している。2月末に開かれるワーキンググループで結果をまとめ、6月ごろに公表する見込みだ。

 また、2月9日の衆院予算委員会では眼球使用困難症候群の問題が初めて取り上げられ、田村憲久厚労相は「障害者手帳保持者とADL(日常生活動作)を比較し、どういう支援の方法があるのか、しっかり検討していきたい」と述べた。

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