「まだ、どうにかできるかも」沖縄県民投票から2年、若者は今

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県民投票から2年に合わせ、当時、署名集めの運動をしながら撮影した写真を展示するカメラマンの普久原朝日さん=那覇市久茂地の那覇市民ギャラリーで2021年2月22日午後5時51分、遠藤孝康撮影
県民投票から2年に合わせ、当時、署名集めの運動をしながら撮影した写真を展示するカメラマンの普久原朝日さん=那覇市久茂地の那覇市民ギャラリーで2021年2月22日午後5時51分、遠藤孝康撮影

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県内移設に伴う名護市辺野古沿岸部の埋め立ての是非が問われ、反対が7割を超えた2019年の県民投票から24日で2年。当時、先頭に立って9万人超の署名を集め、実施を求めたのは沖縄の若い世代だった。一方で、活動には加わらなかったものの、その姿に心を動かされた同世代もいた。あの県民投票が残したものとは――。

 「県民投票で気付かされたことがある」。今、学校などでの平和教育プログラムで講師を務める狩俣日姫(につき)さん(23)=宜野湾市=は振り返る。

 沖縄県が19年度から実施する事業「ぴーすふるアクション」。学校に講師を派遣し、生徒同士のディスカッションを促しながら平和のあり方を学んでもらう講座だ。狩俣さんは20年度、派遣希望があった県内の中学、高校、大学計6校、県外の中学1校を回った。

 講座では、76年前の太平洋戦争末期の沖縄戦での日米両軍の攻防の経過や巻き込まれた住民の証言を紹介し、戦争の悲惨さを伝える。そのうえで「周辺国との関係が悪化した」という課題が設定され、5、6人ごとのグループに分かれて解決策を議論する。政府のプロパガンダによって国民がいつのまにか戦争を後押しする形になってしまうことを体感し、どうすれば平和を維持できるのかを考えてもらうのが狙いだ。

 こうした教育プログラムに狩俣さんが関わるようになったのは17年秋。その前の1年間、ワーキングホリデーで滞在したオーストラリアでの体験が一つのきっかけだった。現地で知り合った日本人と沖縄の話になり、「沖縄は米軍基地がないと中国に取られてしまう」「経済も基地がないと成り立たないんでしょ」と言われた。「違うよ」と思ったが、しっかり反論できない自分がいた。帰国後、「もっと沖縄のことを勉強して伝えたい」と思っていた時に友人から誘われ、このプログラムを実施していた団体の活動に参加した。

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