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村上春樹をめぐるメモらんだむ

コロナ禍の人々に音楽で癒やし ボサノバ愛を豪華メンバーで表現=完全版

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「村上JAM~いけないボサノヴァ~」の終演後、写真撮影に応じる村上春樹さん(前列左から4人目)と出演者ら=東京都千代田区で2021年2月14日撮影、TOKYO FM提供
「村上JAM~いけないボサノヴァ~」の終演後、写真撮影に応じる村上春樹さん(前列左から4人目)と出演者ら=東京都千代田区で2021年2月14日撮影、TOKYO FM提供

 ラジオ番組「村上RADIO」の関連イベントとして、村上春樹さんがプロデュースする「村上JAM~いけないボサノヴァ~」が2月14日午後、東京都千代田区のTOKYO FMホールで開催された。「村上JAM」と銘打つ催しは2019年6月にも行われ、当コラムの第1回で紹介したが、TOKYO FM開局50周年記念で企画された今回は新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下のため、会場の観客を定員の半分の約100人に制限。当日の模様は同日夜から1週間、有料でオンライン配信もされた。

 前回の当コラムで触れたように、「村上RADIO」の年越し生放送特番では村上さんとゲストの「政治的発言」も話題になった。それだけに今回のイベントでも「どんな話が飛び出すか」と注目されたが、結論をいうと、さほど「過激な」コメントはなかった。もっとも、これは見るほうの勝手な期待で、本人はごく自然体でいるのだろう。

 それでも開演直後、一緒に司会を務めたミュージシャンの坂本美雨さんとのトークでは「こういう、いろいろ緊張する時代ですけど、少しでもリラックスして楽しんでいただければと思います」とコロナ禍の状況に言及した。また、2部構成のステージの第2部冒頭では、「僕は外国にいることが多いんだけど、(今は)全然外国に行っていなくて、日本でずっと仕事をしています」と語った。「(そのために)インスピレーションが生まれないとか、もやもやすることは?」と創作への影響を坂本さんから聞かれると、「特にないですね。普通に生きているね」と答え、こう続けて笑いを誘った。

 「この間、(自宅の)近所をジョギングしていたらイノシシに合いました。大型犬がいるのかなと思って、よく見たらイノシシなんです。イノシシって時速70キロで走るんですよね。僕はとても70キロ出ないから、ちょっと隠れてやり過ごした。日本もけっこう最近ワイルドですね」。村上さんが毎日ジョギングを欠かさず、今も毎年フルマラソンを走っていることはよく知られている。

         ◇         ◇

 さて、このイベントは、ボサノバの代表的なブラジル人作曲家、アントニオ・カルロス・ジョビン(1927~94年)へのトリビュートが大きなテーマだった。ジョビンは「イパネマの娘」「デサフィナード」「コルコバード」といったボサノバの古典的な名曲を手がけたことで知られる。村上さんとボサノバの組み合わせは意外に思われるかもしれないが、作家としてデビューした70年代末当時にジャズ喫茶の店をやっていた人だけに、関わりは古く、思い入れにも並々ならぬものがある。

 トークでその点を問われると、「最初に聴いたのは64年ぐらいだったかな、『イパネマの娘』がはやった時、僕は高校生だった。これはすごいと思って、それ以来ずっとしびれっぱなしになっています」と話した。第1部で「コルコバード」「シェガ・ジ・サウダージ」などジョビン作の4曲を歌った小野リサさんとの対話でも、「『イパネマの娘』や『コルコバード』は嫌というほど聴いたんだけど、不思議に飽きない。リズムとハーモニーが特殊で魅力的なんだと思う」「サンバのリズムがシンメトリカル(対称的)なのに対して、ボサノバは非対称的。だからノリが違うんですよね」などと熱く語った。

 ブラジル生まれの小野さんが、音楽監督・ピアニストの大西順子さんをはじめとする村上JAMボサノババンドと共演したステージの後には、「すてきな演奏でした。ポルトガル語って本当にボサノバに合っていますよね。ポルトガル語のほわっとした雰囲気とリズムがすごく合っている気がします」とも述べた。

 第2部にはギタリストの村治佳織さんが登場し、演奏を1曲披露した後、村上さんが村治さんの伴奏付きで「1963年と1982年のイパネマ娘」を朗読した。これは初期の作品集「カンガルー日和」(83年)に収録された掌編ともいえる短い作品で、作家は「アントニオ・カルロス・ジョビンへのオマージュみたいな話」と自ら紹介した。本ではタイトルが「1963/1982年のイパネマ娘」となっているが、この日は少し短縮したバージョンを読んだ。村治さんの伴奏も「イパネマの娘」を初めと終わりに配した、しゃれた構成だった。

 ところで、いま「短編小説」という語を避けたのは「カンガルー日和」という作品集について村上さんがかつて「僕は書いた当時、これらの作品を小説とは見なしていなかったし、今でも見なしていない」と書いていたからだ。「短編小説で掬(すく)いきれないものを掬う」「短編近似作品」とも呼び、実際、そこではさまざま…

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